「書きかけの歳時記」
2003/08版 その1

(since '05.04.25)

この日記は不定期に更新されます。なんにせよ、大したことは書かれないはずですが。

取扱上の注意

[前日へ続く]

2003/08/01 (金) 晴れてる風味です <きっぷ出揃う>

いつものところが痛い。鍼のおかげでホンの少し楽にはなったけど。

周遊きっぷ

朝一番で「受取りを夕方以降に‥‥」と電話が入る。

と言うわけで、秋葉に立ち寄って買い物をしてから小伝馬町に‥‥しまった。今日は金曜日だった。秋葉の裏通りが鬱陶しい連中で邪魔。表通りはもっと邪魔。しくしく。

千石と西川で買い物。両端 angle 型の基盤間接続 connector って、意外にないもんだねぇ。日圧が手頃なものを商品化してるんだけど、店頭では見掛けない。どこかに JST の品揃えが充実している店はないものか?

岩本町から小伝馬町へ。ちょうど窓口には担当者が。目が合うと、「あっ、少々お待ち下さい」とパタパタと一旦奥へ行き、すぐに紙の束を持ってパタパタと戻ってきた。をを、無事にできてた (^^; と思い、「どうもすみませんでした」と言うと、待ち兼ねていたという感じで

すみません、一つお訊きしたいことがあったんです‥‥

一瞬ギョッとしたのだが、「ゆき券の内の一枚が、『東海道線・山陰線・山陽線・鹿児島線・新幹線』と書いてあるんですが、この方は新幹線に乗られるんですか‥‥?」。「ええ、小倉から‥‥」と答えると、納得した様子で、「あ、解りました。他の券は全部できてますし、これはすぐできますので、少々お待ち下さい」と言ってパタパタと奥に入っていった。確かに、日本橋に持ち込んだときは接続駅の指定を書いてあったんだけど、今回は経由線区しか書いていなかったので、ちょっと解りずらかったかも*1。すみません‥‥ m(__)m

程なくして、できあがってきた。いやぁ、ドキドキしました m(^^;m。早速きっぷを確認していく。別途片道でお願いしていた「智頭→岡山」の券が津山線経由になっていたのを除けば、あとは完璧。‥‥かえり券が事前の試算より 10 円安いのは、なぜだろう?

誤発券の別途片道分を出し直してもらって*2、バッチリ。無事に受取りと支払を済ませる。いや、本当にお手数をお掛けしました m(__)m

それにしても、手書きの乗車券を出してもらったのは、初めて。車内清算が handy 端末になって手書きの車補*3がなくなって以来、補充券を見るのも、かなり久しぶり。地上で出してもらうと、車補とは地紋の色が違うのねー。

*1: かつてはこんなに神経質になる必要はないはずだったのだが、今は JR 九州管内の区間に付加運賃が乗るので、経路をはっきりと分けなければならない。何せ、どちらに乗るかによって、小倉〜博多間は「経由上は同一線区と見なすのにもかかわらず、両者で運賃が異なる」という、非常に解りづらい状況になっているので。

*2: 申込書には、しっかり「智頭急行・上郡・山陽線経由」と書いてあった。しかし、優等列車がその経路でしか走っていないとは言え、やっぱり普通は津山線経由で行くと思うよねぇ。つーか、いくら智頭急が高規格新線だからと言って、岡山発着の特急があんなに大回りして走ってるのが、パッと見にはかなり妙だろう。

*3: 車内補充券。

そんなわけで

帰宅してから、旅行費用の検算。

とりあえず、これで安心して出発できますよ‥‥?

せーる

夜、とある「UNIX 系に強い」とかつて言われていた PC shop から mail news が来た。ある商品の「販売台数 1500台突破記念

特別恩赦セール」

「恩赦」ですか‥‥ (-.-;


2003/08/02 (土) 薄曇りっぽい <「一人で乗れるもん」>

痛い。明日は出発なのに、正直言って少し不安。

未明〜朝

納戸にする部屋のクッションシートの皺が取れたので、いい加減に rack を組み立てたいのだが、今無理をすると旅行中にえらいことになるので、せめてもと宅内の機器を移動する準備を始める。

しばらくの間は ISDN での接続を維持しなければならないので、機器配置の関係上、router として使用中の RTA-52i に繋がっている電話と FAX を、暫定的に別の TA で処理しなければならない。で、一時期使用していた MN128miniV を引っ張り出してきて、接続。‥‥発信はできて、番号通知も正常だが、着信ができない。着信を受け付けない設定にしてたっけかなぁ。

設定をやり直そうと思うが、manual だけが引っ越し荷物の中に埋もれて行方不明。Web を探したところ、i・ナンバー関連の設定だけは見つかった。しかし、肝心の「電話機からの設定操作」のやり方が判らない。仕方がないので s30 をつなごうと思ったが、USB-COM adapter は同じく行方不明だし、直接 USB でつないだら ugen で認識されると来たもんだ (-.-;。‥‥ BUG が作っていれば、もう少しまともだったんじゃないかと思うんだが‥‥。

NTT-ME の site を見てみても、manual は置かれていない。結局、いろいろと検索 keyword を変えて検索しているうちに、「設定を全 reset する方法」が見つかった。そこから類推して、何とか設定。‥‥着信はできるようになった。

ところが、今度は「ナンバーディスプレイ」が働かない。MN128-SOHO の manual は見つかったので、設定してみるが‥‥どうも、設定 code の構造が違うらしくて、蹴られてしまう。またもやいろいろと keyword を変えて検索しているうち、運よく「端末種別の設定方法」だけが pin point で書かれた page を見つけた。ありがたい。‥‥無事に設定できたようだ。

最終的に、MN128miniSV1 の manual が置いてあるのを見つけた。既にとりあえず困らない程度には設定できているのだが、念のために確認。大丈夫らしい。

たったこれだけなのに、やたら時間を喰ってしまった。すっかり夜が明けてしまったので、あきらめて寝る。

午前中

上階のベランダのひび割れ補修。覚悟はしていたのだが、やはりうるさくて、眠れない。もっとも、やってもらわないともっととんでもないことになるんだが。既に 1 階 lobby の天井に水漏れが発生してるし。まだ竣工から半年ですよ?

午後

理事会。

終了後、アキバへ。専門店を考えられる限り廻ったが、水平型の基板間 connector の調達はあきらめざるを得ない。JST の通販で買うかな‥‥。最低単位が 10 個なんだが。しかも、送料がかかるし。必要なものをまとめて一括して買ったほうがいいな‥‥。

部品屋を廻り終わったところで、塩兄ちゃんから入電。直前渡しは怖いので、のちほど飯を喰いながら、とりあえず行きに必要なきっぷだけ渡すことにする。

SPICE 関連の書籍を探しに書泉ブックタワーへ。‥‥ろくにないな。

結局、文庫本を 2 冊買って、離脱。

その足で浅草橋へ。出発前に最後となる鍼を打ってもらう。‥‥今日も、45 分 course で 90 分かけてやっていただいた m(__)m。あまり効果が上がらないので、半ば意地になってきたそうだ (^^;

一旦帰って、準備作業。

21 時直前に、錦糸町ヨドバシへ。3 月に買ったばかりなのに 6 月に電池が切れてしまった腕時計の電池を交換してもらう。保証書を見せて「まだ買ったばかりなんですけど、電池切れは補償範囲外なんでしたっけ?」と訊くと、購入日を確認して、「電池切れだけ(= 他に故障がない)であれば、今回は無料で」。ありがたい :-D

結局、やはり単純に電池が切れただけだったので、腕時計は無料で復活。これで、旅行中もでむぱが時を刻みます!

ちょうど 5F に上がろうというないすたいみんぐで、塩兄ちゃんも到着。

つきじ植むらで定食の日。塩兄ちゃんがアキバで収穫してきたものが話題に。今時 Win9X 系でしか動かない software って、どうやったら作れるんだろうね、とか。

そして、きっぷの引き渡し。混乱防止のため、とりあえず往路で最低限必要なものだけを渡す。ついに「一人で乗れるもん」project 始動。長崎で待ってるよー :-)

閉店とともに店を出て、喫茶店に移動してまったりした後、解散。

GALAXY EXPRESS 102

盛り上がってますな :-D。明日の朝も引き続き力強く盛り上がっていただきたい :-)

そして私は、明日その折り返しで大阪行くさー ;-)

鉄道模型 controller

先日の続き。自動ブレーキの回路を組んでみたほか、先日の 図もびみょーに手直し (一部の部品を入れ替えただけ)。自動 brake 回路は SPICE で simulation した限りそれっぽく動いているが、なにぶん理想素子での simulation なので、定数値はもう少し調整しなければならないだろう。

ちなみに、EAGLE で書いた回路図の原図は 。更新した library はここに。


2003/08/03 (日) 晴れ時々薄曇り <ぷち鉄人ツアー/長崎行き・0 日目>

痛い。どうしたものか。

あさ〜昼下がり

昨日 3 時間しか寝ていなかったせいか、26 時頃横になって、直後に爆睡。

爆睡したせいか、8 時に目が覚める。

この時間だと〔さよなら 301 系〕号には余裕で間に合うのだが、この手のものは車内が割とろくでもない状態になっているということを「さよならイモムシ」やら復活〔外房〕やらで思い知らされてしまっているので、わざとそれより 10 分ほど遅い快速で高尾に向かう。

快速青梅行から特快大月行に乗継ぎ。どちらも無事に座れた。で、高尾駅についてみると‥‥確かに電留線に 301 はいるが‥‥1・2 番線ホームが溢れ返ってます‥‥。

まるで遮るように、手前に 201 が留置してあって、ホームからはほとんど見えない。それでも、1 番線東京方のホーム端からは何とか顔が見えるので、何枚か撮影。

さすがにホームが溢れていると一般客の乗降にも差し支えるので、event 会場となった電留線への入場待ちの行列が駅の外に移されたらしく、ホームのほうはやや落ち着いた雰囲気に。それでも、やはり痛い鉄はまだこびりついていて、ぐんにょり。

165 系もいるのが気にはなったが、event 会場の入場開始まではまだ 30 分あったし、既にかなり萎えてきた。もう帰ろうかと思ったのだが、ふと「きわもぽ主将はどこにいるかな」と思って*1でむぱを飛ばしてみると、西八王子を出たところだったらしい。とりあえず、そのまま待機。

程なくして、合流。やはり主将もかなり萎えてきたそうなので、とっとと離脱することにする。記念オレンジカードくらいは買っていこうと思ったのだが、ここで買うとこれまたえらいことになりそうなので、途中駅で買うことにする。一方、event 会場は 1030 時の入場開始を繰り上げたらしく、1020 時頃には既に撮り鉄でえらいことに。

特快で離脱して、三鷹へ。記念オレンジカードはみどりの窓口で扱ってるのかしらん、と思って行ってみると、入口前に記念オレンジカード専用の屋台が‥‥。

というわけで、1 set 買い込む。ところで、私の直前に買ったおっさんは、大量に買おうとしたのか、駅員氏に「一人 5 set までとさせていただいてますが」と言われ、5 set 買っていった。買い占めか? ヤフオクで売るんか?!(爆)

ひるめしー、というわけで、きわもぽ主将御用達の店の姉妹店が千駄ヶ谷にあるらしいので、そこへ向かう。千駄ヶ谷に行くなら緩行で、とホームに降りると、ちょうど総武線直通が出たところ。まあ仕方がないので、東西線直通に乗り込む。

中野で乗り換え。で、「東西線直通で 5 番に着いたら、始発電は 2 番だよな」と思って通路に降りるが、表示器には出ていない。次の発車は 5 番だという。慌てて時刻表を確認してみると、確かに 2 番から始発があったが、逃げるようにとっとと発車したあと。別にホームでだらだらしていたわけでもないのに、接続しないとは‥‥。乗り換え間合いくらい確保しろよ > 束

結局、あとから来た三鷹始発に乗り込む。やれやれ‥‥。

ともあれ、千駄ヶ谷に到着。改札を出たところで、「どこ?」と訊くと、実はきわもぽ主将も正確な場所を知らないことが判明 (^^;。とりあえず周辺案内図を見に行ってみると‥‥載っていた (^^;;;

割とあっさり場所が判明したので、歩き出す。地図に出ていた場所は能楽堂の南側の路地だったのだが‥‥ありませんな。

しばらく周辺をうろうろしてみるが、見当たらない。で、きわもぽ主将が調べてみると‥‥どうも移転したらしい。住所が判ったので、地図を求めて歩き出す。

途中にあった LAWSON に寄って、地図でおおよその位置を確認。お礼に飲み物を買って、また歩き出す。やはり能楽堂の近くではあるらしい。

果たして、ありました。結構おされな感じ。そして、客層も couple か、女性同士が圧倒的に多い。ともあれ、しばしまったりする。

いい時間になったので、離脱。ここからだと緩行で帰ったほうが運賃は安いのだが、駅からの距離が全く違うので、12 号線で帰ることにする。せっかくなので、きわもぽ主将に国立競技場前駅や六本木駅の構造の謎を案内しつつ。

大門で京急線方面へ向かうきわもぽ主将と別れ、途中車内で気絶したりしながら、一旦帰宅。

*1: 来るかどうか、事前には何も聞いていなかったんだけど、たぶん来てるだろうと思ったので (^^;

ゆうがた〜よる

帰宅後、支度を再開。9 日分の着替えを持っていかねばならないが、装備品を大幅に見直すことにより、荷物の総量を前回と同程度に抑えることに成功。

ところで、前回の旅行に持っていった bag が見つからない。思い当たる節を片っ端から探すが、一向に出てこない。何せ、前回の旅行はまだ引っ越しの荷物運びが佳境に入る前だったので、すっかり他の荷物に埋もれてしまっているかも知れない。一応、収納を含めて、荷物を移動しつつ探しまわる。が、見つからない。

あきらめかけた頃、寝室の荷物を引っくり返していたら‥‥。をを、こんなところに!

さらに、video の録画予約を仕掛ける。さすがに足掛け 10 日も出かけっ放しだと、1 台ではおっつかないので、予備の DV deck も引っ張り出して、仮設置。‥‥今年は D-VHS での録画は、断念だな。Deck を置く場所がまだできてない。

何とか支度を終えて、家を出る。‥‥こういうときに限ってこないんだよね、〔都 02〕系統って (-.-;

やっと bus が来たので、乗り込む。車内はあと 3 人で全席が埋まるところ。一方、乗り込むのは私の他は 1 人だけ。安心して座ることにする。空席のうち 2 席は最前列で、そこに座ると通路を荷物で塞いでしまう。で、降車口直後の 1 人掛けが開いているようなので、そこに座ることにする。

ここなら、その後ろの席が 2 人掛けなので、床に荷物を置いても通路は塞がらない。そんなわけで車内を奥に進むと‥‥なんか、椅子の上に荷物が置いてある。さらに近寄っていくと、その後ろの席から手が伸びてきて、荷物をどかし始めた。どうやら、初老の夫婦連れ(と思しき 2 人組)が、空いている席に荷物を置いていたらしい。

よっこらしょ、と座り込むと、後ろでその 2 人組が言い争いをしている。オバハンが男性に「なんで荷物を置いておかないんだ」と文句を言っているのだ。「座る人が来たからじゃないか」と男性が反駁すると、「そんなの関係ない。手元に置いておくと邪魔だから、置いたんじゃないの」などと吠えまくっている。いい歳こいて何考えてやがる、馬鹿が。ちなみにその 2 人組、次の停留所で降りていった。オバハンのほうは、しっかりこちらの荷物に此れ見よがしに蹴躓いていった。男性の方が恐縮しつつ降りていったのとは好対照。

塩兄ちゃんと錦糸町でしゃぶる。今ならまだ取りに戻っても間に合うので、シャブ放の準備が整うまでの間に、所持品の最終 check。

とりあえず欠品はなかったのだが、きっぷを一枚渡し間違えていたのに気付き、慌てて渡す。危ない危ない (__;

荷物を背負い直し、快速で東京へ。もちろん cross seat 車を選ぶ。〔銀河〕の A 寝台車は編成の南端にあるので遠くはなるんだが、大荷物を抱えて long seat に座ろうとはとても思えないので。

東京で降りようとすると、扉が開くや否や乗り込んできて、「とっととどけ」と言わんばかりに box の入口に立ちふさがる馬鹿が一匹。どうせ車内はがらがらなんだし(実際他の box はいくつも空いていた)、発車までもまだ時間があるんだから、出口は開けとけ、馬鹿。出られないだろ、馬鹿。結局その馬鹿、こちらが荷物をすべて背負って立ち上がると、待ちきれないとばかりに此れ見よがしにため息を吐きながら猛然と box に飛び込んでいった。その馬鹿が通路を塞いでいたせいで降りられないでいた隣の box のアンちゃんが、呆れた様子で眺めている。ちなみにその馬鹿、身長はそんなにないのに、そいつ一人が立っただけで通路が通行不能になるような体型の持ち主であった。はぁ。

何はともあれ、9 番線に上がる。一旦荷物を乗車位置目標に置き、ホームの売店で飲み物を調達。

定刻に入線。無事に乗り込む。発車も定時。

荷物をまとめ直さないといけないのだが、やや睡眠不足気味なので、今日はとっとと寝ることにする。おやすみなさい‥‥。


2003/08/04 (月) どーでもいいくらいのカンカン照り <長崎行き・1 日目>

未明〜あさ

4 時頃目が覚める。荷物をまとめ直し。‥‥装備品の材質を考えないといけないな。持ち出し用機材 set*1の袋がガサガサと音を立てて、寝台車では響いてしまう。今回、洗い物を入れるゴミ袋は柔らかい素材のものを選んだのだが、詰めが甘かった。

便所に立ちがてら、何となく車内を check。日曜発、しかももうすぐ盆休みを控えた時期なせいか、今日の A 寝台は空いている。乗客は、下段が 8 席(3〜10 番)、上段は 3 席(3〜5 番)(それぞれ定員は 14)。やはり下段から先に売れていることに変わりはない。上段の 3 人は、おそらく「少しでも安いほう」ということで、まだ下段が空いているのに上段に乗ったのだろう。‥‥たぶん次からは下段に乗るんじゃないかな*2 (^^;

これまで A 寝台では若者 group や家族連れを含めて不快な客には当たったことがない*3のだが、今日の乗客もかなり manner がよい。若い couple の女性のほうがこの手の列車は初めてだったらしく、反応が初々しい。一方連れの男性は何度か乗っているらしく、騒がしくならない程度にいろいろ教えていた。微笑ましい。しかし、今日の A 寝台は、喫煙室からの煙の流入がきつい。これだけは何とかならないもんだろうか、といつも思う。しかも、A 寝台の客が吸いに行くならいざ知らず、隣の B 寝台の客がわざわざ吸いに来て*4、その煙を嗅がされるのは、たまらない。

岐阜についたあたりから、夜が明けてきたせいか、引っ切り無しにたばこを吸いに行く人がいる。しかもどうもきついたばこらしく、喉が痛くて眠れない。周囲の寝台からも咳が聞こえてくる。いつもは飲み物を 2 本買って余らせるので、今回は 1 本しか買わなかったのだが、飲み尽くしてしまって、困る。失敗した‥‥。

眠れないので、本を読んだり、日記を書いたり。充電可能な場所へは明日の夜にならないと辿り着かないので、仕事はできないな‥‥。

そうこうしているうちに、東山トンネルを通過しました! まもなく京都に停まります。

どうでもいいけど、今日の車掌は実に頻繁に chime を鳴らしてくれる (^^;。もはや貴重品となりつつある、電子音化されていない original の orgol なので、非常に味わい深い :-D

*1: 主に充電器など。

*2: A 寝台は B 寝台と違って下段の方が上段よりも 1,050 円高いのだが、居住性は文字通り段違いにいい。

*3: まれに「がーーーーーーー」とエンジンを廻している人がいて、「おかしい! 24 系は集中電源方式(= 旅客車には発電用エンジンがなく、独立した電源車で編成全体の電力を賄う)のはずなのに、なぜこんなところに機械室が?!」という状態になることがあるが、こればかりは仕方がない (^^;。もっとも、「キヤ 381 系ガスタービン車」を自称する私の友だちは、「私は騒音がひどいので、個室にしか乗れません」と言って、自主的に機械室を密閉構造にしているが (^^;;

*4: 本来 A 寝台券を持っていない客が A 寝台車に立ち入って設備を使用すること自体が、規則に反している。しかも、隣の 2 号車も禁煙車なので、確信犯ではないか?

大阪

〔銀河〕の大阪着は定時。とりあえず編成の車番を押さえて、引き上げを待っていると‥‥隣の 4 番線に〔日本海 2〕号が入ってきた。‥‥あれ?

〔銀河〕の引き上げまではまだ間があるので、慌てて〔日本海 2〕号の編成を押さえに走る。‥‥今まで、こんなに時間、あったっけ? ていうか、よく考えてみれば、いつもなら〔銀河〕が着いたときには既に隣に〔日本海 2〕号がいて、入れ違いのような timing で引き上げていったような気が‥‥。しかし、7〜10 号車が欠車とは、なかなか豪快な‥‥ (^^;

ちなみに、今日(3 日発)の〔銀河〕号と〔日本海 2〕号の編成は:

〔銀河〕(101レ)
EF65 1106[田]
カニ 24 103(銀帯)
1 号車オロネ 24 102(白帯)
オハネ 25 158(ステン帯)
オハネ 25 161(ステン帯)
オハネ 25 251(銀帯)
オハネ 25 175(ステン帯)
6 号車オハネフ 25 131(銀帯)
オハネ 25 191(銀帯)
8 号車オハネフ 25 43(銀帯)

〔日本海 2〕(4002レ)
EF81 106[敦]
1 号車オハネフ 25 201(金帯)
オハネ 25 220(金帯)
オハネ 24 19(白帯)
オハネフ 25 125(金帯・白文字)
オハネ 24 3(金帯)
6 号車オハネ 25 213(金帯)
11 号車オハネフ 24 2(白帯・白文字)
12 号車オロネ 24 5(白帯)
カニ 24 109(金帯)

何と、〔銀河〕が引き上げていったあとも、〔日本海 2〕号はまだ停まっている。〔銀河〕がいた 3 番線にはまもなく〔びわこエクスプレス〕がやってくるので、そちらを先に空けざるを得ないのだろう。

そして、〔びわこエクスプレス〕が到着。‥‥GW に見たときには確かに 485 だったと思うのだが、いつの間にか 681 に置き換えられている。着実に 485 の活躍の場が狭まっていく様を見せ付けられたようで、ガックリ‥‥。

その〔びわこエクスプレス〕が引き上げていき、そのあと列車が何本か発着しても、相変わらず〔日本海 2〕号は居続けている。そのせいか、以前に 4 番線に着いていた〔ちくま〕が、今日は 1 番線に。〔ちくま〕は、一旦神戸方に引き上げたあと、はるばる構内を横断し、10 番線方面を吹田方に戻っていった。

〔日本海 2〕号の機関士は、焦れているような、暇なような、言ってみれば「あきらめ顔」で運転席に座っている。室内が暑いらしく半身を乗り出していたので、「引き上げは何分ですか?」と訊くと、疲れた顔で苦笑しつつ、「判らない (^^;」。

「そうなんですか (^^;
「今日は遅れてるから‥‥ (-.-;

ああ、やっぱり。

結局、引き上げていったのは 8 時近く。お疲れさんです‥‥。朝は列車本数も多いので、一度機会を逃すと、引き上げるのも大変だ。

Coin locker に着替えの bag を突っ込み、朝飯。今日はいつもより遅めの時間になったので、2 階へ上がってみる。あまりピンと来ないのでどうしようかと思っていると、怪しい通路の奥に喫茶店を発見。「スペシャルモーニング」(400 円)を頼む。‥‥ビルの奥のせいか、でむぱの入りが非常に不安定‥‥。

御堂筋線で心斎橋へ移動、清水湯へ。Towel 類は持ってきてあるのだが、まだ先は長いので、借りられるところでは借りることにする。入浴料が 360 円、貸 towel が 30 円、貸 bath towel が 100 円。合計で 490 円。

そんなわけで、0950 現在、風呂から上がってまったり中です!

神戸へ

さて、今日の日中は神戸方面をうろうろする予定。

清水湯に来る途中、地下鉄の車内で「スルッと KANSAI 神戸 1 day チケット」の車内広告を見掛けたので、風呂上がりに調べてみる。とりあえず、スル KAN 加入社局で神戸方面への access route と言えば、阪急と阪神。で、両者の web site を見てみると‥‥「神戸 1 day チケット」が 1,200 円、さらに阪神は「阪神拡大版」として阪神電鉄全線乗り放題もついて 1,500 円の券を発売しているという。一方、阪急はそういった設定はない。というわけで、阪神で行くことに大決定。実は、阪神に乗るのは初めてだったるする (^^;

御堂筋線で梅田に戻り、阪神梅田へ。「1 day」の発売個所は駅長室だということなので、キョロキョロ‥‥をを、あったあった。

行ってみると、「1 day」のチラシが置いてあった。‥‥「阪急拡大版」の設定もあるじゃん (-.-;。なぜ web に書かないかな。まあ、ここまで来ちゃったし、あとで宴会前に風呂に入りに行くにしても、そのまま宴会に行くにしても、阪神梅田の方が近いから、いいか。

「1 day」を買って、入場。ちょうど数分後に須磨浦公園行きの特急が発車するところだったので、早速乗り込む。もちろん最前部へ (^^;

定刻に発車した特急は、地下区間を抜けて、地上に飛び出す! ‥‥なんというか、すんごい technical course なんですけど‥‥。線形は、悪いなんてもんじゃなくて、急 curve 切りまくり。東京近郊で言えば、京急の横浜〜上大岡間のノリ。もちろん、速度制限もかかりまくる。かつて阪神といえば高加減速が売りの車が自慢だったのだが、こりゃ、確かにそういう車が欲しくなるわ‥‥。しかも、通過駅のホームがこれまた軒並短いので、余計に迫力がすごい。

そうこうしているうちに、再び地下区間へ突っ込み、元町で下車。とあるダメな店を目指す。‥‥「だめビル」って、ここのこと*5かなぁ。確かに中古ファミコン casette なんかを売ってる店もあったりするけど、聞いてたほどではないような‥‥。

ともあれ、目的は達成。ついでなので、本屋を探しがてら、周辺をうろつくことにする。せっかく旧居留地が近いので、そちらへ行ってみることにする。

大きな通りに出るところに、小さな神社*6が。すぐ向こうの旧居留地一帯にはビルが林立している。駅からも程近いし、ちょうどビル街が駅方面に拡がるのを阻止しているかのような位置関係。よく残ってるなぁ、と思いつつ、案内板があったので読んでみると、神戸事件の舞台になった場所らしい。ふと、「そのとき、歴史が動いた。」というセリフ(CV: 松平アナ (NHK))が脳裏をよぎっていったり (^^;

そのまま、旧居留地の北辺に沿った道を歩く。ビル街のほうを覗き込んだりもしてみるが‥‥なんか、丸の内を歩いてるような気がしてきたので、敢えて入って行く気にならず、そのまま離脱。暑いしねぇ。

何となく歩いていると、大きな鳥居が目に入る。生田神社の鳥居らしい。生田神社といえば、阪神・淡路大震災の時、本殿が倒壊してしまったところだ。気になってはいたので、行ってみることにする。

途中にジュンク堂があったので、迷わず吸い込まれる。実は、家を出たときから、なーんか忘れてるような気がしてて、それでしゃぶしゃぶ喰うときにもお店を広げたりなんかしていたのだが、大阪に着いたところで気が付いた。せっかく買ってあった guide book を、丸ごと置いてきちゃったのよね >(__;。

というわけで、神戸、長崎、鹿児島の guide book を購入。そんなわけで、初ジュンク堂は三宮と相成ったのであった。池袋じゃなくて。(爆)

行きは通りから直接入ったのだが、レジ裏の escalator を降りたら、アーケードに排出された。せっかく日陰に出てきたので、guide book を開いて、今後の行動を計画。

とりあえず昼食だが、時刻はあと 10 分で正午になろうというところ。今から店を選んで出かけていくと、昼の rush にぶつかる可能性が高い。そこで、せっかくなので生田神社に詣で、時間を調整してから昼食に向かうことにする。

というわけで、参道を進む。といっても、東急ハンズのすぐ奥なので、もはや目の前。

というわけで、境内へ。‥‥うわ、お祭り期間中ということで、境内が屋台で溢れてます‥‥。

神符授与所が併設された門をくぐり、いよいよ拝殿前に。ちなみに、授与所には big な巫女さんがいました(爆)

復興したのは聞いていたのだが、こうしてみると、とても地震で倒壊したとは思えないほど、その傷跡を残していない。

お参り。こちらは 2 礼・2 柏手・1 礼です。

引き返して授与所のほうへ向かうと、社務所に延びる通路からちんまい巫女さんがパタパタと走ってきて、授与所に入っていった。でっかな巫女さんは昼の休憩か何かで姿を消したらしい。

お守りを買って、神社をあとにする。買ったお守りは「開運桜守」。大震災の際、拝殿が壊滅的被害を受けたにも関わらず、境内西側に植えられていた桜の気が無事に生き残ったことから、その桜の樹の生命力と、御祭神である稚日女尊(わかひるめのみこと)のご利益を、授かるためのもの‥‥だそうだ。境内は本当に見事に復旧されていて、少なくともぱっと見には、もはや震災の名残はこのお守りくらいにしかうかがえない。それにしても、報道映像を見るとかなり緑豊かなところにあるように見えるのだが、こんな町中にあるとは‥‥。

さて、神戸に来たら、とりあえず神戸牛でしょ(爆)ということで、生田神社から程近い「炭火焼きステーキ キタヤマ」へ。Guide book によると「無休」ということだったし。‥‥ 5 分ほど歩いて辿り着いてみると‥‥

最近、月曜定休になったらしい。

店頭には、やはり途方に呉れた一団が。しくしく。

仕方がないので、駅のほうへ戻ることにする。あまりに暑いし、荷物も重いので、もはやできるだけ歩きたくない。で、IKURA ROAD 沿いにある洋食屋さんへ向かう。日陰を歩きたいので、近くの入口から地下鉄の通路に降りると‥‥東急ハンズ側の出入り口とは通路が繋がっていないらしい‥‥うぐぅ。

また地上に出て、路地裏を辿りつつ洋食屋「もん」へ。ビーフカツレツ(2,300 円・ライスは別途 200 円)を頼む。店の方の対応が非常に柔らかい。

*5: 今回行ったのは、センタープラザ西館。

*6: 三宮神社。あとで調べたら、「三宮」の地名の由来になっている神社だそうだ。そうだったのか‥‥。(⇒ 兵庫県信用組合の page

北神急行/神戸電鉄

さて、せっかく「1 day チケット」の範囲内なので、有馬温泉へ行ってみることにする。地下鉄の駅に入り、北神急行直通の谷上行きに乗る。列車はちょうどやってきた。

新神戸を過ぎ、たった 1 駅間のみの北神急行へ。‥‥長いよ‥‥どんどん登ってくよ‥‥。あまりに真っ直ぐ、しかもえらい勢いで登っていくので、まるで水平な tunnel を疾走しているような感覚。

延々と tunnel を突っ走り、抜けたと思ったら終点の谷上。いや、長かった‥‥。

谷上では、神鉄ど同一ホームで乗り換えられるようになっていた。これはありがたい。しかも、ちょうど接続するダイヤになっている。非常に使いやすい。

乗り換えて、さらに有馬口へ。‥‥神鉄すごすぎ。ぐいぐい登る。どんどん登る。登ってるのが体感できるくらい。長野電鉄どころではありません! ふと勾配票を見てみると‥‥

48.4‰ ですか?

何じゃそりゃ‥‥。

ぐいぐい登って大池を過ぎると、今度はぐいぐい下る。そりゃもう下る。「ほんとに止まれるんですか」というような勢いで下っていく。下り 48.4‰ の標識がかっ飛んでいきます!

有馬口に到着。隣のホームに待っている、有馬口〜有馬温泉間の区間運転列車に乗り換え。ここまで乗ってきた列車は、またぐいぐい下っていった。なんか、箱根登山鉄道の電車を見送っているかのような‥‥。

ほどなくして、有馬温泉行きも発車。ここまでは、一応それなりに開けた空間を通過してきたのだが(複線だったし)、ここはもはや深い緑の森の中を単線で突き進んでいく。しかし、車輛が先ほど乗ってきたものよりも見るからに旧いにも関わらず、保線状態が良好なのに加えて、先ほどまでに比べたらまるでまっ平らなところを走っているので、それはもう、えらい勢いで走っていく。まるで「せいせいした」といわんばかり。

有馬温泉

ご機嫌に快走していく電車に揺られること、しばし。有馬温泉に到着。駅舎はこぢんまりとしてかつ小綺麗な建物になっている。

とりあえず運賃表を見て、びっくり。‥‥正規に片道乗車券を買うと、行きに乗った地下鉄三宮〜有馬温泉間だけで、900 円ですか? 一往復するまでもなく、元がとれちゃうじゃん‥‥。

とりあえず、風呂。というわけで、2 個所ある日帰り入浴施設のうち、駅から遠い「銀の湯」から先に攻めてみることにする。

駅前の通りを川沿いに登り、お土産屋さんの列の前を通りすぎ、突き当たりを左に折れて温泉街の中心部へ。すぐに「金の湯」があるが、とりあえず後廻し。ちなみに、無料で解放されている足湯は、ちょうど今日から 8 日まで、テント取り付け工事のため、利用が停止されていた。

車一台がようやく通れるくらいの細くてやや急な坂道を登っていく。路の両側には歴史を感じさせる家並みが並んでいて、風情満点。時間があれば、この辺りのお土産屋さんを冷やかしてみるのも楽しそう。

途中で泉源を眺めたりしつつ。「昔、美人がほとりに立つと、泉源が嫉妬してお湯が吹き出した」という謂れがあったりして、おもしろい。

「銀の湯」に到着。できあがってからまだ 2 年足らずと大変新しいので、いわゆる「共同浴場」の雰囲気はほとんどない。が、綺麗だし、それなりに広いし、ちょっとした休憩所もある。「金の湯」との共通入浴券を買うと少し割引になるので、それを買う。

早速ひとっ風呂。‥‥お湯が結構熱いので、じっくり漬かるのは、この時期には無理です (^^;。奥には湿式サウナもある。しばしのんびり。

‥‥のんびりしすぎて、いつのまにか 15 時を廻ってしまう(爆)。ようやく出発。

せっかくなので、周辺を見て廻る。まずは、奥へ登って、「たんさん泉源」へ。他の泉源にはやぐらと案内板があるだけだが、ここはちょっとした公園になっている。案内板によれば、ここの水はその昔砂糖を溶かしてサイダーとして飲んでいたらしい。飲泉もできるようになっているので、ちょっと飲んでみると‥‥をを、しゅわしゅわいってる! まさに炭酸水。

逆戻りして、温泉街を抜け、「金の湯」へ。こちらは、完成してまだ 1 年も経っていない。2 階建てのとても立派な建物。ただ、「銀の湯」は結構空いていたのだがこちらは結構ごった返している。温泉街そのものも人や車が増えてきたようなので、午後から出かけてきた人たちで混み始めたのだろう。

それでも、芋を洗うような 1 階休憩 corner とは異なり、男湯はそれほど混んではおらず、そこそこのんびり入浴。とは言うものの、やはり湯が熱く、あまりのんびり漬かってはいられない A^^;

列車の時刻を確認し、駅へ向かう。途中で巡回 bus が停まっていたのだが、「駅までなら、歩いた方が早いよ」と運転士さんに言われてしまったので (^^;。歩いて降りていく。まあ確かに、下りは 4 分程度で着いてしまったのだが(爆)。

再び、神鉄。

相変わらずご機嫌に飛ばしていく列車に揺られて、有馬口へ。ほどなくしてやってきた列車に乗り換え、市街へ戻る。帰りはこのまま新開地へ抜けてみる。

ぐいぐいと登り、またぐいぐいと下り、谷上へ。やはり同一ホームの向かいに北神急行の列車が停まっている。ところが、案内放送によると、今度の発車はもう一つ向こうのホームかららしい。そろそろ夕方の rush に対応するためか、北神急行側は 2 線使い始めた模様。それでも、間に停まっている列車が両側の扉を開けていて、階段を登り降りすることなく乗り換えられるようにしてある。なかなか便利だ。

私は乗り換えず、そのまま進む。また勾配票を見ていると‥‥

今度は 50‰ ですか?

神鉄は「通勤路線なのに、山岳線区でもある」と聞いていたので、一度乗りたいと思っていたのだが、確かにこれは‥‥ (^^;。これじゃあ、運賃が高くなるのも、ある程度やむをえないよなぁ‥‥。

神戸→阪神梅田、六甲経由

新開地に着く。行き止まり式のホームを改札のほうに進み、改札内の狭いが短い階段を降りると、すぐに神戸高速のホーム。本当に乗り換えが便利でありがたい。

さて、このまま真っ直ぐ戻ると、微妙に時間を持て余してしまう。そこで、六甲ケーブルを見に行ってみることにする。やってきた阪急三宮行の普通に乗り込み‥‥あれ? あとから来た阪神梅田行が先発ですか? しかもその阪神梅田行、直通特急で、山陽電鉄の転換 cross seat 車だ。いいなぁ‥‥。

なんだか複雑な気分で三宮へ。‥‥げ、普通列車は数分前に逃げていったばっかり‥‥。しかも、このあと来る特急は、六甲には停まらない*7。特急が出たあとをおっかけて出る普通まで待たないと‥‥。

期せずして手持ちぶさたになってしまったので、「かえり券」のこと*8で JTB に電話を入れることにする。うぅ、いぢめているようで、気乗りしないんだけどなぁ‥‥。でも、もし間違っていると、責められるのは JTB さん*9。散々手間をかけさせておいて、それは忍びない。

電話をかけ、担当者を呼び出してもらう。そして、どうも 10 円安いのではないかということを伝え、その原因として「九州加算額」の違いが考えられる*10ので、それをどこからどこまでの分でいくら足したかを尋ねると、

「すみません、『かえり券』は、結局 JR さんの担当の方に計算していただいたので、こちらでは細かいことが判らないんですが‥‥。」

ああ、了解です (^^;。なら、ぜんぜんおっけー。JTB さんにさえ迷惑がかからなければ、あとはもうどーでもいいです。

JR の担当者が間違えたのなら、それはもう自業自得ってことで(爆)

やれやれ、ようやくすっきりしました (^^;

そんなこんなで、結局、三宮で 10 分近くの間合いを経て、六甲へ。うーむ。

六甲に着いて、bus 停へ移動。ちょうど数分後に bus があるらしい。助かった (^^)

‥‥ Bus が来ません‥‥。おかしいなぁ、と思って、もう一度時刻表を確認してみると‥‥は?

この時期は休日ダイヤ*11ですか?

周囲にはあきらめ顔で待っている地元の人たちが多数。

線路を挟んで、やはり駅前に、六甲ケーブルへの連絡 bus の発着場がある。Bus が停まっていたので、行ってみる。休日のみ運転。しかもこちらは、calender 通りらしい。うぐぅ。

仕方がないので、あきらめて戻ることにする。しくしくしく。

普通と特急を乗り継いで、高速神戸へ。次に来る阪神梅田行は、直通特急らしい。をを、cross seat 車だべ、とドキドキしながら待っていると‥‥やってきたのは、山陽は山陽だけど、より新しい long seat 車だった。あぁ‥‥ T_T

不貞寝しながら梅田へ。さすがに、今日はずいぶん動き廻ったので、疲れた‥‥。

*7: 休日だと、六甲に停車する優等列車があるのだが‥‥。

*8: 受け取った日に家に帰って計算し直したのだが、どう考えても 10 円安すぎる。

*9: 使い終わったきっぷを回収することになっているのは、不正使用防止のためばかりではなく、回収したきっぷに対して「そのきっぷが正当に使われたか」などを審査する、と定められているから。この他、発売時にも必ず控えを残すことになっているので、当然それも審査の対象になると思われる。で、通常は機械発券なので、もし仮に間違っていてもそれは system のせいであって、窓口に責任はない。ところが、今回は手計算による発券なので、審査も厳しくするだろうし、もしそれで間違いが見つかったら、それは作成者の責任になってしまう。

*10: もしキロ程の計算が間違っているなら数百円の誤差が出るはずなのだが、JR 九州管内での乗車に対する加算額は 10 円単位でも変化するので、たとえば、本来「小倉〜門司〜下関」に適用すべき加算を間違って「小倉〜門司」間のみに適用してしまうと、10 円安くなる。門司〜下関間は山陽本線なので紛らわしいのだが、JR 九州と西日本との境界駅は下関なのだ(下関は JR 西日本の駅)。

*11: 宴会の際に阪長さんに聞いたところによると、途中にある大学が夏休みになってしまうため、らしい。要するに、平日の主なお客さんはケーブルではなくて通学客ということのようだ。

大阪宴会

阪神梅田から、宴会会場へ。

‥‥迷った!

何度来ても、大阪の地下街はよく判らない‥‥。

店舗の案内地図で大まかな位置関係は判っているので、一旦外へ出る。‥‥ああ、把握、把握。では早速‥‥

艦長! 地上では大通りを横断できません! T_T

結局、また地下に潜る。‥‥えと、阪急百貨店ですか? ‥‥うぅ、「ホワイティ梅田」、怖いよう*12

店の最寄り駅は東梅田らしいので、とにかくそれを目指す。‥‥出口がありませんよ? ‥‥ああ、出口はもう一本隣の街路にあるのか‥‥出口番号が案内地図に書かれていたのと微妙に違うけど、合ってるんだよなぁ?

外に出たら、見覚えがある場所*13だった。やれやれ。

真っ直ぐに店に向かう。‥‥着きましたー。

人数が少ないにも関わらず、今回も個室を用意していただいたらしい。店の方に部屋を教えて向かい、中へ。お待たせしましたー! ‥‥なんか、すっごく静か*14なんですけど (^^;。まるでお通夜のような‥‥。

というわけで、3 人だけの大阪宴会。元々は「見送り宴会」だったはずなのに、気付いてみたら、出席者は全員長崎に行く人だし (^^;。しかも、(ま)な宴会のはずなのに、話題はもっぱら鉄ネタだし(爆)。‥‥まあ、それなりに盛り上がったので、これはこれでありってことで (^^;;

仲倉さんは、一旦京都に戻って他の人と会ってから〔ムーンライト九州〕に乗るということで、2030 頃離脱。私もヨドバシで Hi8 tape を買い足したかったので、2045 頃離脱。では、また長崎でお会いしましょ〜 (^^;

*12: この中で下手に迷うと、とんでもないところに連れていかれてしまう。

*13: 昨年も、同じ店で宴会をやっているので。

*14: 阪長さんと仲倉さんがいらしたのだが、阪長さん曰く、「二人しかいないしねぇ。しかも、どっちも無口だし」 (^^;

〔ムーンライト九州〕

地下街の出口の場所は把握したので、真っ直ぐヨドバシに。今度は迷わず到着 (^^;

早速 VT 売り場へ。‥‥なんか、また SONY の Hi8 は 10 本箱がないんですが‥‥。店員に訊いても、在庫切れだという。この店舗、値札と space はあるのに実際に商品が置かれていたためしがない*15というのは、どういうこと?

2 本 pack を 5 個買うと 10 本箱の倍くらいの値段になるし、仕方がないので、富士の 10 本 pack を買う。ここ、他社の 10 本 pack はいっつも種類豊富なんだよね。でも、他社のは箱に入ってないので、包装を破るとバラけてしまって、収まりが悪すぎる。もうここはあてにしない‥‥。

ともあれ、coin locker から荷物を出して、改札を入る。‥‥もう発車まで 30 分くらいなのに、案内板に出てないな。指定券を取り出して発時を確認してみると‥‥がーん。指定券、京都からだった‥‥。大阪場面だと、あと 1 時間近くあるじゃん。

これならひとっ風呂浴びられたんだが‥‥と思っても、もう荷物を出してしまったので、後の祭。ぐんにょりしながら列車を待つ。

散々待って、列車が到着。京都始発なのだが、乗車率は 70% 程度。多めに取ってしまって控除し忘れた席を車掌に申し出て解放し、席に着く。今日は全車指定席での運転なので、必ず指定券を持たずに乗車してくる人がいるはず。車掌に言っておけば、そういった人を案内してくれるだろう。本当なら、乗車前に控除しておくべきなんだが‥‥。いつもは、こんなことしないんだけどね。そもそも余計に指定を押さえたりしないし。

ともかく、これで九州までは一直線。‥‥それにしてもこの編成、14 系の改座車なのだが、座席はグリーン相当らしい一方、seat pitch は拡大されていないので、通路側で背もたれを倒してしまうと、後ろの窓側の人は通路側の人に立ってもらわない限り出入りができなくなってしまう。うーむ。

そして、騒がしい。当然のように周囲は「青春 18 きっぷ」の user ばかりらしいのだが、気軽に乗れる分、お気楽に騒いでいる*16。夜行列車なんですがねぇ‥‥。Trump やって盛り上がってる場合じゃねぇっつーの。

「青春 18 きっぷ」で旅行をするのが悪いとは言わない。むしろ、どんどん旅行を楽しんで欲しい。しかし、「旅行を楽しむ」のと「周囲のことなど考えない」のとは全く別の話だ。

あぁ、グリーン車がついてる〔ムーンライト高知〕や〔ムーンライト松山〕が羨ましい*17‥‥。是非グリーン車を連結して、「18 きっぷ」族との分離を図って欲しいものだが。普通列車のグリーン料金なんて高が知れてる*18し、それで青春 18 族との指定券の奪い合いや車内の喧騒とおさらばできるのなら、安いものだ。車内改札時の状況から見て、一定の需要はあると思うが、増収にもなることだし、どうですかね? > JR

ちなみに、隣の席には女の子が案内されてきた。一方、後ろの席にはおっさんが座り込んだのだが、車掌に無断で座っていた上、車内改札時に「指定券は持ってない。取れなかったんだからしょうがない」とふてぶてしい態度で開き直ったので、車掌に叱り飛ばされていた。結局は指定席料金を支払った上で別の席に案内されたのだが、「空いてるんだから、ここだっていいじゃないか」と渋るおっさんに毅然として対処した車掌さん、あんたは偉い。もっとも、事実その席は空いていたので、移動はあくまで「罰」だと思うが‥‥あの手合いには、それ位してやった方がいい。示しもつかないし、付け上がらせるだけだからね :-p

*15: ちなみに、Hi8 でない SONY の 10 本箱は 1 つだけ置いてあった。なんだかなー。

*16: この列車に限らず、〔ムーンライトながら〕でも同様。どういう訳か、〔ムーンライトえちご〕でそういった状況に出会ったことがないのは、客層が違うから?

*17: 周知の事実だが、「青春 18 きっぷ」ではグリーン車に(事実上)乗れない。普通列車(快速列車も含まれる)の普通車(自由席または指定席)以外に乗車する場合は、急行券・グリーン券・寝台券などの他に、その区間に有効な普通乗車券も必要になるため、「青春 18 きっぷ」を持っている意味がなくなるからだ。ただし、石勝線や海峡線に設けられている「(区間を限って)普通乗車券のみで特急の普通車自由席に乗車できる」という特例は利用可能。

*18: JR の社員にも勘違いしている人がいるのだが(実際、指定席特急券を快速列車の指定席グリーン券に変更してもらおうとしたら、「かなり高くなりますよ?」と駅の窓口で言われたことがある)、普通列車のグリーン料金はおおむね同区間の指定席特急料金より安く、しかも 1,900 円まで(151 キロ以上)しか上がらない。


2003/08/05 (火) よく晴れてますな <長崎行き・2 日目>

未明〜あさ

時々目が覚める。‥‥岡山あたりで、遅延が発生していたらしい。

下関付近では定刻に復帰。カマを付け替えるということなので、写真を撮ってみたり。それにしても、ここまで担当してきた車掌さん、なかなかネタ度が高かった。運転の状況を細かく説明したり、「機関車を付け替えます」と強調してみたり。ちなみに、駅の売店は、まだ全く開いていなかった。

なんだか可哀想な状態の EF81 に付け替えて、下関を出発。‥‥あっ! 運転所にクモハ 42001 が! 写真は撮り損ねました。くちょ。

そのまま博多まで行くかと思いきや、門司でまた交流機に付け替え。こちらはさらに可哀想な状態。ところで、今度の車掌さんは、割とそっけがありません (^^;

小倉である程度下車。その後もパラパラと降りていく。そうこうしているうちに、博多に到着。お疲れさんでした。

〔かもめ 5〕

引き上げを見送ったあと、「どんたく弁当」(1,050 円)など買い込み、〔かもめ 5〕号に乗り継ぐ。「白いかもめ」、2 号車 3A。足下に concent があるので、note の電源を取る。‥‥あれ? 肘掛け部分にも concent が‥‥。試しに携帯を充電してみると‥‥バッチリでした (^^)v

自由席はごった返しているようだが、2 号車の乗車率は 30% くらい。隣の 3B にいた人は、2CD が空いていたので、そちらに移っていった。車内はかなりまったり風味。

鳥栖や佐賀で結構降りていき、いっそう閑散としてきた。肥前山口を過ぎると、もうがらがら。のんびり。

途中、上りの遅延を受けて、若干遅れが。Tunnel 内の信号場で交換した後、転がるように坂を降りていく。

最終的に、10 分ほど遅れて、長崎着。指定を取る際に「埋まっています」と言われた 1A・2A には、結局最後までだれも乗ってこなかった。車いす対応の席でもあるし、調整用?

長崎到着

長崎は今日も晴れだった。焼け付くような日差し。暑い。

まずは、改札を出てすぐ右側の観光案内書で、長崎電軌の 1 日乗車券を買う。500 円。1 日乗車券は小さな pamphlet 状*1になっていて、持ち運びにはやや不便*2だが、開くと簡単な観光案内書を兼ねた運行系統図になっている。これは有り難い。初電・終電の時刻や、大まかな運転間隔が書かれていれば、完璧なんだけど。

電車の乗り場に移動し、正覚寺行に乗る。結構混んでいる。

築町で石橋行に乗り換える。1 つめの市民病院前で下車。‥‥同名の bus 停からだとすぐなんだが、電停からだと hotel まで結構歩く*3なぁ‥‥。ぐずぐずしているうちに取り損ねてしまった長崎ビューはさらに先なんだが、あちらは大浦海岸通り電停の真正面なので、むしろそちらの方が楽。ただ、taxi で移動したり、明日の concert 後の宴会からの帰り*4のことを考えると、やや微妙なところ。まあ、電停から歩いていくうちに、「我が国鉄道発祥の地*5」とか「運上所跡」とか「我が国最初の気球飛揚の地」とかの石碑などなどを発見したので、よし。

まずは check in。まだ部屋はできていないとのことなので、大きな荷物だけ預かってもらう。荷物を整理し、預かってもらう荷物をまとめる。そして、お願いすると、女の子*6が出てきて、

ふん─────────── <:-(

‥‥ごめんね、見掛けより重くて‥‥*7 f(^^;

*1: 今年は高校総体とぶつかっているし、実際券面にも大きく高校総体の logo などが印刷されているので、今だけなのかもしれないが。

*2: Shirt の胸 pocket に入るか入らないか、といったところ。

*3: 電停は市民病院の真正面にあり、bus 停はやや南に offset している。「ホテルニュータンダ」に行くには bus 停の方が近くて有り難いのだが、逆に言えば、bus を利用すると病院までは少々歩かされることになる。

*4: 公共交通が動いている間に終わることはまず考えられないので‥‥ (^^;

*5: 慶応元年、日本に持ち込まれた蒸気機関車が、ここで初めて披露されたらしい。

*6: いつぞやの象潟のようなちんまい子ではなかった。‥‥いや、背はそれなりに小さいんだけど。(爆)

*7: 私の身体のことではありませんよ‥‥? ‥‥こらそこっ、「見るからに重そう」ってゆーなー (__;

浦上方面へ

やや身軽になったので、また電停へ引き返す。昨年はあまり市内を見て廻っていないし、今年は少々早めに長崎に着いたので、浦上方面に行ってみることにする。

蛍茶屋行で築町へ行き、駅前方面乗り換える。ちょうど来た電車は、車庫行だった。とりあえず乗り込み、運行系統図を見ていると、車庫に併設して「電車資料館」があるらしい。せっかくなので、行ってみることにする。

長崎駅前を過ぎてしばらく行くと、浦上駅前の先、浜口町電停から岩屋橋電停の手前まで、専用軌道になる。浜口町電停のすぐ北の軌道上には「長崎西洋館」が建っていて、線路はそのビルの 1 階を突き抜けている。珍しい構造だ。

昨年は結局電車に乗らずじまいだったので、長崎電軌に乗るのは間違いなく今回が初めてなのだが、途中のとある電停に見覚えがありすぎてぐんにょりしてみたり。もちろん、某郊外型電器店も長崎本線の高架越しにしっかり見えた。

終点の車庫前で下車。電停脇には長崎電軌の本社が建っている。しかし、パッと見、資料館の入口らしきものは見当たらない。しばらくうろうろしていると、電停に面した営業窓口から道路に面した入口の方へ案内されていく人がいる。もしや‥‥と思ってそちらの入口に廻ってみると、どうも本社の上階の一角にあるらしい。今回はあまり時間もないので、資料館は断念。

電停に戻ると、赤迫行がやってきた。せっかくだから、行ってみることにする。

赤迫に着くと、電停には蛍茶屋行が停まっていた。一方、この電車も 3 系統なので、折り返しは蛍茶屋行。しかも、狭い道路上のせいか、Y 字構造であるにも関わらず、ポイントの手前に(都電の終点にあるような)降車場はない。先に停まっていた電車が出るのを待つかと思いきや、乗ってきた電車はそのまま電停に滑り込む。先に停まっていた電車の出口を塞いだ形。どーすんだ、と思ってみていたら、行先表示幕をくるくると廻し、客が降りたあと、運転士が前後で乗り換えて、運用上の順番を入れ替えてしまった。「蛍茶屋」の幕を出していた 3 系統の電車が 1 系統の「正覚寺下」行に、今まで乗ってきた 1 系統の電車が 3 系統の「蛍茶屋」行に。ははあ、なるほど。先ほど乗ってきた電車は、すぐに出ていった。

このあとは松山町まで戻って、平和公園を見に行く予定。というわけで、先に停まっていた電車に乗り込む。

千歳町付近まで戻ったところで、城田さんから入電。吉宗(よっそう)で昼食にするので、挑戦者ぼしう、らしい。一旦電車を降りて、打ち合わせる。長沢さんが 13 時少し前に長崎に着くそうなので、その辺りを目処に集合することにする。

平和公園/爆心地

次の電車に乗って、松山町へ。電車を降り、線路と平行している道路を渡って、 平和公園に。

階段を上がっていくと、途中の踊り場から、左右に通路が延びている。左側の道へ入り、世界各国から贈られた「平和」を象徴する monument を見つつ、登っていく。辺りでは、韓国や東南アジア方面からの観光客が、記念撮影にいそしんでいた。

通路を登り切り、浦上刑務支所の遺構を見つつ、平和祈念像の方へ進む。当時ここにあった刑務支所は、原爆の投下によってほとんど跡形もなく崩壊したらしい。爆心地からの水平距離は数百 m もなく、ほとんど真上で炸裂したに等しい。まさに一瞬の出来事であったろう。

平和祈念像の周辺と、その手前の広場は、4 日後に控えた平和記念式典の準備のため、立ち入り禁止となっていた。とりあえず、設営中のテント越しに平和祈念像を撮影し、像をグルッと回り込む。

平和祈念像に向かって左手に、原爆投下によって亡くなったが、身元が判らなかったり、一族が全滅するなどで、遺体の引き取り手が見つからないまま葬られた方々の慰霊堂(「長崎市原子爆弾無縁死没者追悼祈念堂」)があった。手を合わせ、このような惨禍が一刻も早くなくなることを祈る。手向けられた千羽鶴が馬鹿の手によって燃やされないことを願いつつ。

刑務支所の遺構と広場の間を横切って、平和公園の東側へ。またいくつかの monument を眺めたつつ、「長崎の鐘」の前を通って、噴水へ進む。この噴水(「平和の泉」)もまた、平和の象徴であるという。原爆投下の地獄の中で水を求めながら苦しみ、そして亡くなっていった、被爆者の魂が渇くことのないように、と。胸が痛む。泉の向こうには、稲佐山が見えた。

公園の東側から、脇を流れる「下の川」に向かって坂を降りていく。川に沿って登っていくと、原爆によって崩壊した浦上天主堂がある。今回はあまり時間がないので、川に沿って爆心地に向かって歩く。

公園となっている爆心地と平和公園との間を走る道路が川を越えるところに、松山橋がある。現在は架け替えられているが、当時の橋は、爆心地から 120m という近さにあったにも関わらず、奇跡的にその姿をとどめたらしい。しかし、周辺に拡がっていた松山町の二千人弱の住民は、偶然防空壕内にいた 9 歳の少女一人を除いて、全員即死したという。もはや、何が起きたのかすらも判らないまま高温によって蒸発していったのではないだろうか。唯一残された少女は、果たしてそれでも幸せであったと言えるのだろうか。おそらくその生涯は、猛烈な原爆症との戦いであったに違いない。その少女のその後については解説板に書かれていないが、あまりにも爆心地に近いため、やはり程なくして亡くなったのかもしれない。‥‥言葉も見つからない。

橋の袂で道を渡り、川に沿って爆心地へ。公園に入ると、当時の浦上天主堂の遺構の一部が移設されている場所に出た。背後の祭壇には無数の千羽鶴が捧げられている。

遺構の前には、爆心地を示す広場があった。中央には塔が立ち、それを幾重にも同心円の敷石が取り囲んでいる。街中で、しかもすぐ脇には幹線道路が通っているのに、静謐な空気が満ちている。小さな子供を連れた女性が通りかかり、子供を促して静かに手を合わせ、黙祷を捧げて去っていった。「戦後」は終わってなどいないのだと、その背中は無言のうちに訴えていた。

爆心の南側の「下の川」の畔は、一部が掘り下げられ、原爆投下当時の地層が見えるようになっていた。遠足か散歩に来たらしい子供達が階段で弁当を広げているのを通り抜け、地層を眺める。護岸工事をしていて出土したという。私が何かを見ているのを不思議に思った子供が、引率者らしき若い女性にそれを尋ねていた。

原爆資料館はすぐ隣の高台の上なのだが、私の場合、行くと絶対に数時間はかかるので、今回は見送ることにする。公園内を抜け、松山町電停から電車に乗る。さっきここまで来たときには車内はがらがらだったのだが、高校総体の関係か、それとも午前中で部活動が終わったのか、車内はセーラー服の女子中高生で満員だ。何とかして乗り込んで、長崎駅方面へ向かう。車内は笑いさざめく女の子の嬌声で大変騒がしいが、先ほどまでいた場所が場所なので、この「平和そのもの」といった光景が永久に続きますように、とさえ思う。

昼飯/繁華街をブラブラ

昼時ということもあってか、途中でもどんどん客が乗ってくる。身動きもできないほどの混雑で、乗降にも時間がかかり、行きの倍ほども時間がかかる。

長崎駅前を過ぎ、徐々に車内が空いてくる。乗り換え電停に指定されている築町(つきまち)で、ほとんどの客が下車。ここまでがぎゅうぎゅう詰めだったので、ようやく涼しくなるかと思いきや、ちっとも涼しくならない。ていうか、暑いですよ? 私の隣に乗っていた 2 人連れの女の子も「なんか、暑いねぇ」とぼやいている。

どうも皆考えることは同じらしく、降車口の近くに乗っていた背広姿の男性が運転士に「冷房、もっと強くなりませんか」。運転士は立ち上がると吹出口に手を当て、「あれ、冷えてませんね」と言って、運転台の switch をしばらくパチパチ。そして、放送が。

「えー、すいません。

ただいま冷房が故障してますんで、窓開けてください」

俄かに車内が慌ただしくなる。しかし、冷房の搭載を前提に、窓はあまり大きく開かないようになっている。しばらくあちこちから「あかなーい」と声が‥‥。

ともかく、観光通電停で下車。待ち合わせ場所である大丸へ急ぐ。だいぶん皆さんをお待たせしてしまった‥‥と思っていたら、長沢さんがまだだという。‥‥ほどなくして長沢さんも到着。皆で吉宗に向かう。

Member のうち、なかうねさんが始めまして。ところが、さっき電車で冷房故障が発生したのをご存じだった。いや、どうも車内でだれかと電話していて、西浜町で降りていった人に似ていると思っていたんだが、やっぱり (^^;

で、吉宗に到着。みんなで日替わり定食。てんぷらー。茶碗蒸しー。

堪能して、店を出る。長沢さんがカステラを発送するということで、福砂屋へ移動。一方、長沢さんは携帯電話の充電器を忘れてきたということなので、途中でそれを物色しながら行くことに。アーケードの近くのベスト電器に立ち寄るが‥‥どうも今一つらしい。

福砂屋の前で河津さんとバッタリ会って、増結。そして、自由飛行館へ向かうというおぐりさんを切り放して、店の中へ。

あー、涼しい‥‥。長沢さんが発送を依頼している傍ら、なかうねさんがしばらく悩んだり。結局発送してもらうことを決意し、手続き。

目的を達成したので、ブラブラとナガサキピースミュージアムへ向かう。途中、築町の「スーパーコンピュータストア」に立ち寄るが、充電器の品揃えはまださっきの店の方がまし。とりあえず購入を断念して、先へ進む。

途中、「鉄道発祥の地」の碑で撮影大会が発生してみたり。皆、こんなところにこんな碑があることを知らなかったらしい。

途中で hotel の前を通るので、私は一旦皆と別れ、預けてある荷物を部屋に運び込む。さすがに shower を浴びる時間はないので、着替えだけして、ナガサキピースミュージアムへ。

途中で建物の写真を撮りながら、道路を歩いていく。左に曲がっていく電車の軌道と別れ、さらに先へ。道路の海側にある「松が枝国際観光埠頭」の駐車場の一角に、それはあった。‥‥写真から受ける印象よりずいぶん小さな建物だ。

ちょうど今日から、「被爆マリア像」展が行なわれていた。原爆投下当時浦上天主堂にあって被爆したマリア像の頭部だそうだ。石の像が一瞬にしてここまで焼け爛れる高温。想像を絶する。

「被爆マリア像」の世界遺産への登録を求める署名に記入し、外へ。城田さんに電話してみると、グラバー園方面に行き、今降りてくるところらしい。大浦天主堂下電停へ向かっているとのことなので、私もそちらへ。

ちょうど電停のところで遭遇。そのままオランダ坂の下の方へ歩く。さらに歩いていくと、江山楼の前に出た。ははぁ、ここに繋がってるのねぇ‥‥。

さらに進み、観光通電停を過ぎて、再びアーケードへ。別の電気屋を見つけたので、そこへ突入。ここはなかなか品揃えがいい。結局、充電器はここで購入。

城田さんと江山楼で晩飯を喰う約束をし、一旦解散。自由飛行館に行く長沢さんとはアーケードで別れ、中華街の近くで城田さん・河津さんと別れて、築町電停から電車で hotel へ。

だいぶん汗をかいたので、shower を浴びる。大阪からここまでで着替えも予定以上に消費したので、ついでに浴槽内で洗濯。それにしてもこの部屋、冷房の効きが悪い‥‥。

時間が近づいてきたので、再び電車で出かける。18 時をまわって日が傾いてきたとはいえ、まだまだ暑い。

やがてやってきた電車に乗り込む。‥‥あー、涼しい‥‥。ハッと気が付くと、もう西浜町まで来てしまっていた。あぅー、築町で降りるはずだったのに‥‥。

とりあえず、城田さんに電話。岡松さんが既に合流済、くれはさんも来るということだが、これから稲佐山を降りてくるところらしい。まだ時間がかかりそうとのことなので、飲み物を買い込むため通り道にあった銅座のダイエーへ。宿での飲み物がないし、どのみち明日稲佐山に登ってからの飲み物を確保する必要もある。

店内をうろつくが、下りの escalator はない。回り込んで階段を下って地下へ降り、飲み物を買い込む。さて、escalator で地上に‥‥あれ? なんか今、みょーな張り紙が‥‥。表にでると、でっかな看板が!

よる 12 時まで営業中!

‥‥飯喰い終わってからでもよかったぢゃん‥‥ T_T。私が入ったほうの入口にはこんな看板なかったし、階段は escalator の隣にあるものの、escalator に近い方からは大荷物を持ったおばちゃんがえっちらおっちら上がってきてたんで、escalator から遠い壁側を降りていったもんだから、張り紙にも気付かなかったのよね‥‥。

買い物が終わって、江山楼へ。しばらくしてくれはさんが到着したので、席へ案内してもらう。そして、上ちゃんぽんを堪能。うひー。

しばらく話し込んでから店を出ると、店の入口の前がえらい人だかりになっている。明日は concert だし、その前後はよくここの二階で出演者が宴会をやっているようなので、だれかの出待ちかしらねぇ、と言いつつ、お茶を飲む場所を探して歩き出す。

途中、「せっかくだから」とみんなで銅座のダイエーで買い物などしつつ。‥‥あっ! 立派な製氷機がありますっ! :-D

結局、ホリデイイン長崎の角にある coffee shop の 2 階に落ち着く。しばらく話し込んでいると、外から何やら叫び声が聞こえる。見に行ってみると、精霊舟を担いだ一団が正覚寺下の方へ向かって歩いていった。精霊流しの練習らしい。

閉店まで話し込んで、解散。夜になっても、街の空気はまだ熱を持っている。まるで沖縄にいるかのようだが、最大の違いは、まだ零時前だというのに、商店街が真っ暗なところ (^^;

既に石橋行きの電車は終わっているので、hotel までてくてく歩いて帰る。といっても、のんびり歩いても 10 分かからないのだが。

今日は早い時間から歩きまわったので、さすがに疲れた。おやすみー‥‥。


2003/08/06 (水) かなり晴れ <長崎行き・3 日目>

あさ

10 時に起床。はふー。

ひる

‥‥あれ? 2 度寝してましたよ? ‥‥11 時過ぎてる?!

ぎゃーーーーーーーーーーーー!

寝坊した‥‥! ますのすしー!!(← ネタが違います)

とりあえず、急いで支度して、宿を飛び出す。電停を見遣ると、ちょうど電車は出ていったところ。これは、電車を待つより、直接歩いた方が早い‥‥。

江山楼前に着いて、電波を飛ばす。とりあえず、皆さんまだ喰ってるところらしい。席もなんとか空いているようなので、突入。

上皿うどんを力強く。うひょー。

12 時頃、江山楼を出て買い出しに。去年までは新地のダイエーだったのだが、昨日製氷機を見つけたので、今年は銅座のダイエーへ。そのころ、岡松さんから来た「そろそろ宿を出ます」という mail をきっかけに、「岡松さんは本当に長崎に来てるんだろうか疑惑*1」が勃発 (^^;

城田さんに「100 円 shop で手提げ状の cooler box を売ってて、これに飲み物と一緒にスーパーに置いてある持ち帰り用の氷を入れると、バッチリ」ということを教えていただいたので、ダイエー前のダイソーに。簡易断熱材入りのトート bag を見つけたので、購入。さらに、今日は物凄く暑いので、一緒に帽子も。さらに、昨年山の上でスコールに襲われたときに靴がグチョグチョになったので、それに備えてサンダルも。

ダイエー地下をうようよしているときに、くまさんと岡松さんが合流。そして、「あっ! 岡松さんが本当にいる!!」と騒ぎに。私は岡松さんに「昨日一緒にいたぢゃないですか。どうして『来てる』って言ってくれなかったんですか T_T」と突っ込まれる。‥‥だって、おもしろそうだったんだもん(爆)

*1: 昨年は、行きに羽田で予定していた飛行機に乗り遅れるという大ネタを繰り出してくれた岡松さん。あとの便で来る予定だった他の参加者が、羽田で岡松さんに「やあ」と声をかけられ、「あれ? 岡松さん、なんでここにいるの?!」と panic に。さらに一昨年は、もうすぐ concert が始まるという時になって会社から呼び出しがかかり、「東京直行」という大ネタも‥‥。

稲佐山へ

無事に買い物と氷の調達が終わったので、taxi に分乗して山に登ることにする。10 人いたので、3 台に分乗。

上に着いてみると、すごい列が‥‥短くない? (-.-; Gate 前から始まった列が、折り返してもいません‥‥。今年は日も悪いし、しかもムチャクチャ暑いしなぁ‥‥。

とにかく queue に連結されてみる。かき氷喰ったり、途中で視察に来たくれはさんに「頭に花が咲いてないじゃないか!」と突っ込んでみたり*2。長沢さんに会社から電話が入って、「今年の『東京直行』は長沢さんか?!」と周囲が騒然としてみたり*3

それにしても、暑い。暑いので、靴と靴下を脱いで、サンダルに履き替えてみた。‥‥足の甲に直射日光を浴びる分、かえって暑かった (-.-;。また靴に履き替える。

やがて shuttle bus が到着し始める。‥‥やっぱり今年は出足が鈍い。リハもあんまり聞こえない。暑いしなぁ(謎)

やがてリハが本格的に始まる。‥‥そして、「祈り」が聞こえてくる。入場待ちの客も参加。‥‥いい concert でした!(← まだ始まってないって (-.-;

15 時。誘導入場開始。今年は PA 前の場所を陣取ることができた。Best なところに座れたね、と言っていると‥‥「誘導入場を終了します。あとは、ご自由にお座り下さい」と announce が。‥‥あれ? まだ入場開始から 30 分も経ってないんですが‥‥。やっぱり、人が少ないなぁ‥‥。

自由席状態になったので、我々の周囲にあった空間も人で埋まり始める。私の右前にはなかうねさんが移動してきた。その隣、わたしの前と左前には高校生くらいのちんまい女の子 2 人連れが。‥‥どーでもいいけど、わたしの前の娘、しっくに着飾ってきてるのはいいんだが、上から下まで黒づくめですよ? 割と可愛い娘で服も似合ってるし、髪型が普通マンガでしか見られないような複雑なもの*4だったり、服もすそ廻りがレースだったり、所々フリルが付いてたりで、おされな感じがするからまだいいものの、これがもっと地味だったら「お通夜ですか?」という感じ。しかも、差してる日傘*5も真っ黒。このカンカン照りの暑い中、真っ黒な服着て来るかねぇ‥‥。本人が色白だけに、余計 contrast が。ちなみに、一緒に着てた眼鏡でショートの女の子は、割合白っぽい服装だった。ふつー、そーだろ。

1615 時に、ML member が一旦会場の後ろの空き地で集合。そして、1630 時頃、再び席へ。

1645 時、いよいよ開演近しということで、案内放送が入る。この辺りで、日傘は使用禁止。そして、放送は言う。

「本日は、好天に恵まれましたが、その分、熱中症や脱水症状の危険があります。

直射日光を避け、

水分を十分取ってください。気分が悪くなったら、無理をせず、会場後方の救護所へ‥‥」

‥‥いや、野外 stage で「直射日光を避けろ」と言われても (^^;。会場は大爆笑。「ネタか?!」という声まで。慌てて「帽子などの着用を‥‥」と言っているが、皆聞いちゃいねぇ (^^;;。もう少し言い回しに気を遣ったほうがいいと思うですよ。それ以後が全部冗談に聞こえるから (^^;;;

*2: 昨夜喋っているときに、「今年は(優先入場できる整理券をもらって)前の方に座る。で、同行者が頭にヒマワリの花を着けるので、『あんたも一緒にやれ』と言われたんだけど、『真っ赤な服を着るからそれで勘弁してくれ』『ダメ。花着けろ』と、攻防戦の真っ最中」という話を聞いていたので (^^;。ちなみにその整理券、昨日の 10 時頃配布があり、さらに 15 時頃点呼があったりと、何度も稲佐山に足を運ばなければならないらしい。優先入場の権利を得るためには、それなりの苦労があるのです。

*3: とりあえず電話で用事は済んだそうで、無事に concert を見ることができました。よかったよかった (^^;

*4: 側頭部に左右一つづつお団子が。残りの髪は 2 条の細い三つ編みにして後頭部でリサージュのような loop を描いていた。‥‥こう書くと、ちっともおされな気がしないのは、ひとえに私の描写力不足です (__;

*5: 開演前なので許されてるが、開演直前からは、もちろん日傘禁止。なので、余計に心配。

「2003 夏 長崎から」

17 時直前。いよいよ客から拍手と歓声が上がり始める。そして開演時刻の 17 時!

「開演 5 分前です」

と放送が‥‥。どうやら、NHK 長崎放送局 local の生中継が 1705 時からなので、それに合わせて開始を遅らせるらしい。だったら、最初から「1705 時開演」としておけばいいのに。事情は解るけど、なんかイヤだね、こういうの。

1702 時、開演まで 3 分あるのに、会場からは手拍子と「まさし」コールが。いや、気持はよーく解ります (__;

そして、1706 時。いよいよ samba whistle が鳴り響き、今年も「長崎小夜曲」で開幕。当然観客は総立ちの上、大合唱。

最初の MC。「おかえりっ!*6」。大拍手。

「いやー、今年は、ほんっとうにいい天気! 今日はね、(雨の可能性を)全然心配してなかった。天気のことを心配しなくて済んだのは、何年振りだろう*7。でもね、

ここまで暑くなくていい (^^;

まあ、右側*8の人の陰になってる人は、少しは楽かもしれないけどね」。さださんがこう言った瞬間、例の黒づくめの女の子はなかうねさんをイタズラっぽく見上げ、口に手を当てて「うくく」と笑っていた。そりゃそうだ。後ろから見てると、その女の子、なかうねさんの巨躯のおかげでほとんど日陰になってるんだもの (^^;

それにしても、「前にいるのがちんまい女の子」という状況は、実にいい! 何と言っても、眺めが素晴らしい! どのくらい素晴らしいかというと、

「丸見え」

「見えてはいけないようなところまでよく見える」

‥‥いや、stage がですよ?(爆)

稲佐山の stage の観客席には数 m 置きに 10cm 程度の段差があるのだが、その女の子は段差に腰掛けていて、私はその段差と次の段差の中間くらい(1m ほど後ろ)に座っていた。で、平地で立っても私の肩口くらいまでしか背がなさそうなその女の子、立つときには座っていた状態からそのまま段差の下側に立っていたので、立っても座っても私の視界を全く遮らない。つーかむしろ、「立つときは段差の上に立ったら?」と言ってあげたくなるほど。

それはさておき、MC のあとは、これもここのところ恒例となっている佐田玲子さんの出番。途中に MC を挟みつつ 4 曲ほど。

続いて、若鶏のニンニク焼きチキン・ガーリック・ステーキが、これも MC を挟みつつ 7 曲ほど。‥‥途中の何曲かはほとんど宴会芸のノリだったが、まあ、関西人だからなぁ (^^;

‥‥と stage が続いている間に、件の女の子はだんだん様子がおかしくなってきた。太陽が西に傾いた関係で、なかうねさんが作る日陰も向きが変わり、直射日光をモロに浴びるようになってしまった。そのせいか、頭部を扇子(これもまた黒‥‥)で陰にしてはいたものの、次第にぐったりしてきて、あまつさえ自分の身体を抱きしめ、寒がっているような状態に。なんか、見るからにやばそうなんですけど‥‥。それとな〜く後ろから扇いでみたりするものの、余計に寒そうにしたりするので、打つ手なし。連れの女の子も、そのさらに隣に座っている女性も、しきりに心配している。

一方で、stage には夏川りみさんが登場。出てきた途端、衣装を見た周囲の女性からは「可愛い〜っ」と声が上がる。「花」で始まって、4 曲ほど。締めはもちろん「涙(なだ)そうそう」。歌声が綺麗ですな〜。声もよく通るし。

次は、もはや常連の加山雄三さん。「美しいビーナス」から始まり、5 曲。

加山さんが歌い出すと、件の女の子はにわかに復活。観客が総立ちになった「美しいビーナス」では腰を振りつつ全身で rhythm を取るほど。加山さんのファンかと思ったら、そのあとはずっと元気だった。「美しいビーナス」の頃に夕暮れとなり、その次の「夜空の星」を歌っている最中に陽が沈んだので、要は「涼しくなったから、復活した」ということらしい (^^;。だから、炎天下に黒ずくめは、無謀だって‥‥。

次の stage は、韓国から来られた楊姫銀(ヤン・ヒウン)さん。あちらではかなりの人気だそうで、軍事政権下では 15 年ほども弾圧されたらしい。朝鮮語の歌詞は解らないのだが、迫力がすごい。Solo で 3 曲歌ったあと、楊さんが作詞、さださんが作曲した「人生の贈り物」を、2 人で duet。

最後は host であるさださんの stage。みんなで一緒に歌ったりしつつ盛り上がる。「未来」も久々のようだが、気のせいか。途中で映画「精霊流し」の監督と主演俳優さんが舞台に登場して挨拶。しかし、さださんは冗談めかして言っていたが、主演の内田さん、横顔が確かにグレープ時代のさださんによく似ている。久々に歌った「関白宣言」ではネタも織り混ぜつつ (^^;

「精霊流し」「まほろば」「September Moon」と歌ったあとは、「広島の空」。この歌はいつも涙がでてしまって、どうにも困る。その次はなんと「フレディもしくは三教街」。すいませんごめんなさい。この歌も泣いてしまうんだよなぁ‥‥。今回も、撃沈。

本編の最後は、定番の「祈り」。これも泣かされる。出演者が総出演。会場全員で合唱して、一旦幕。

最初の encore は、「主人公」。実は BS2 の生中継では「ネタばれ」してたらしい*9 (^^;。ここで再度幕。

再びの encore は、「落日」。会場全員で合唱。

BS2 での生中継の枠を若干残し*10、終了。誘導に従って会場をあとにする。

*6: 毎年の極まり文句。さだまさしが長崎出身というだけでなく、全国からファンが集まる年に一度のお祭りでもあるからだろう。もちろん、その「ファン」の中には「長崎は心のふるさと」である人も結構いると思う。

*7: 昨年は、開演後こそ降らなかったものの、大気の状態が不安定でいつ雨が降ってもおかしくなかった(実際、開場前には激しい通り雨があった)。それ以前にも、当日に台風が九州南部に上陸していたり、実際に開演中に雨が降ったこともあった。

*8: 会場となった稲佐山公園野外ステージは客席から見ると stage がほぼ南の方角に位置するので、夕方の日差しは右方向から当たる。

*9: 「まほろば」の時に間違って「主人公」のテロップが出ていた。

*10: 番組枠は 2130 時まであったのだが、「落日」が終わった直後の 21:26:30 に中継が終了。その直後に「終了」の場内 announce があった。

下山/宴会

ML 参加者は、一部が相乗りで taxi を利用。我々は shuttle bus で下山。昨年はそれなりには待ったのだが、今年は入場者が少なかった*11せいか、すんなり乗れてしまう。

Bus から降りて歩き出したところで、塩兄ちゃんから電話。長崎駅に着いたらしい。ぐどたいみんぐ。駅前方向は混んでいるので、少し歩いてもらって、無事合流。「ひとりで乗れるもん」project は完了しました! :-D

合流場所にたまたまあった居酒屋で、軽〜く食事。「若鶏の五味焼き」が hit :-D===

大波止付近で阪長さん・おぐりさんと別れ、LAWSON で買い出し。そこからは taxi で宿へ。

ざっと shower を浴び、今年の宴会部屋が設定されているホリデイ・インへ向かう。途中、銅座のダイエーで食い物を調達。

宴会部屋に着いてみると、何やら食い物が溢れている (^^;。いや、ちょおせんは力強く受けますが :-D==

10 人くらいで飲み食いしながら、与太話。で、こんなことを言っていたら、オチを言うまで引かれまくってしまった*12。みんな、聞きながら「いったい、(五)さんはどうしちゃったんだろう」と思っていたそうな (^^;

で、以後の会話:*13

「髪型が複雑だったよねー」
「なんか、お団子でさー」
「で、三つ編みにしたのを、こう、輪にしたような」
「(髪型を作るのが)大変そうだよねー」
「それより、あの炎天下で『全身黒づくめ』はどうか」
「(あれだけ暑いのを)知らなかったんじゃない?」
「シロウトだなー」
「なんのさ (^^;
「日傘まで黒かったもんねー」
「扇子まで黒かったしねぇ」
「徹底してるなぁ」
「『葬式帰りですか』って感じだったよね」
「でも、フリルとか付いてたよね」
「すそ廻りはレースだったしね」
「髪型もあれだし、おしゃれした結果なんだろうねぇ」
「でも、あれ(= 黒づくめ)は無謀でしょ」
「実際、前半は死んでたしねぇ」
「ああ、死んでた死んでた」
「最初のころはなかうねさんの陰に入っててよかったんだけどねぇ」
「えっ、そうすか」
「いやだって、体格差が (^^;
「そのうち、太陽が移動して」
「そうそう、モロに日光浴びてたよねー」
「ダメだよなかうねさん、ちゃんと責任とってあげなきゃ」
「『責任』てなんすか (^^;
「挙げ句にはさ、自分で自分の身体抱きしめちゃってさ、なんかこう、寒がってるような」
「それって、やばいやん @_@
「だから、やばかったんだって」
「いやー、ダメだよ。近くにいた人が『優しく』介抱してあげなきゃ :-L
「なんか、いやらしーぞー :-p
「将来有望な娘を怖がらせちゃダメっ! これっきり来なくなったら、どーすんの」
「何言ってんだよ。若くて可愛い娘がいたら、すかさず(以下検閲削除)」
「うっわー、ろくでもねぇ‥‥ (__;
「まあ、俺は自給(以下検閲削除)」
「‥‥‥ (‥;
「‥‥えーと。加山さんが出てきたら突然元気になったから、加山さんのファンなのかと思ってたらさぁ」
「うん」
「そのあとはずっと元気だったよねー」
「そうそう」
「なんでかな」
「いや、(加山さんの出番の時に)日が暮れて涼しくなったからでしょ」
「あー、解りやすいなぁ (^^;
「そういえば、一緒に来てた娘がいたよね」
「そうそう、途中で先に帰っちゃってねー」
「で、(先に帰った娘が)敷物を取りに戻ってきてね」
「(そのあとは)お尻の下にうちわを敷いて座ってたよね」
「ああ、そうそう」
「みんなよく見てるなぁ (-.-;
「てゆーか、stage 見なよ > all」

‥‥なんか、すっげー「をやぢ」な会話 (__;。さて、ここで問題です。それぞれ、だれの発言でしょう?(爆)*14

そんなこんなで、いい時間になったので、お開きに。まとめると、

ちんまい娘ぢゅーよー

ってことらしい (-.-;。うーむ。

*11: それでも、最終的には 2 万人の来場があったらしい(主催者側の発表による)。

*12: オチを言うと、みんな「お〜 (^^;」「びっくりした〜 (^^;」と一様に安堵していた (^^;;;

*13: 録音していたわけではないが、ほぼ合ってるはず (^^;

*14: 念のため書き添えておくと、この宴会に塩兄ちゃんはいませんでした (^^;

解散

おおかたの人が帰ったあと、しばらく雑談。

もうどうにもいい時間になったので、終了することにする。

Hotel までてくてく歩く。部屋に付き、mail を読んだりしたあと、down。さすがに疲れたー‥‥。


2003/08/07 (木) 晴のち雨 <長崎行き・4 日目>

あさ

Check out が 10 時だとばかり思っていたら実は 11 時だということが判ったので(爆)、10 時頃起きてみる。

1030 時を目処に行動開始。Check out を済ませ、大きな荷物を預かってもらう。今日もあちこち動きまわる予定なので、電車の一日乗車券を購入。一日乗車券が各 hotel で買えるのは、実にありがたい :-D

せっかくすぐ近くに泊っているので、まずはオランダ坂へ。周辺は「東山手風致保存地区」に指定されている。♪活水あたりはまだ 絵はがきどおりの坂〜♪(「絵はがき坂」) 「東山手十三番館」がなかなかいい雰囲気。のんびりまわっているときには、お茶をしてみてもいいかも。

当初は荷物を受け取ってからグラバー園に行き、そのまま電車に乗って駅に向かおうと思っていたのだが、日差しは絶好調だし、荷物は重いしで、あっさり断念。荷物を預けたままうろつくことにする。

と、城田さんが mail で「長崎卓袱 浜勝」での昼食へのちょおせんしゃをぼしうしている。早速参加を表明。まずは飯飯、とそちらへ向かう。

ひる

オランダ坂の下から真っ直ぐ南へ歩き、大浦天主堂下電停で電車に乗る。観光通で下車。待ち合わせ場所の大丸へ。

アーケードを抜け、昨年トルコライスを食べに来た「ツル茶ん」をかすめつつ歩いていく。これまた昨年、岡松さんの携帯電話買い換えにみんなで付き合った DoCoMo shop 付近を、逆側へ折れる。‥‥あー、この道って、崇福寺前の道に繋がってたのねー。

目指す「浜勝」へ到着。‥‥見るからに高級そうな店構えにちょっとびびる。とにかく入ってみると、店の方が出てきて「卓袱ですか? お昼ですか?」。お昼です、と答えると、「では、1 階の方へどうぞ」と案内される。「1 階」って‥‥?

店の奥に案内され、階段を降りる。と、そこにも入口が。‥‥ははぁ、道の高低差の関係で、表から入るとそこは「2 階」なのねぇ‥‥。

城田さんと塩兄ちゃんは日替わり定食(1,000 円)を。塩兄ちゃんはさらに角煮を追加。私はせっかくなので卓袱の竹(2,000 円)を。

卓袱料理を堪能。うまかったー :-D==

一方その頃、長崎入りしている member の現状連絡用 ML の流量が減ったなぁ、と東京に居残って社食製の弁当をつついている Nakami さんからぼやきの mail が。この 1 通の何気ない mail があの大惨事を引き起こすとは!(続く)

しばしまったりした後、店を出る。店を出ると、ぽつぽつっと雨粒が。空を見上げると、ずいぶん雲行きが怪しい。

そろそろ土産を物色して空港に向かうという城田さんと別れ、我々は崇福寺方面へ向かう。雨はすぐに止んでしまったが、空模様は依然として怪しげ。

ひるさがり

一応自由飛行館の中を伺ってみるが、結構混んでいる。昼時だしな。我々は重文の崇福寺三門を眺めたあと、八坂神社の下から正覚寺下電停へ出る。蛍茶屋行電車の電車がやってきたので、せっかくだし、行ってみることにする。

繁華街を抜け、伊良林小の前を通り、終点の蛍茶屋へ。1 面 2 線の複線ホーム。路面電車には珍しい。線路はさらに先へ延びていて、道路から外れたところに小さな車庫がある。考えてみれば、ここは 3・4・5 系統が発着する、長崎電軌でも最大の終点。運転上の拠点でもあるのだろう。車庫の建物にはファミレスがテナントとして入っている。軌道上の空間を利用した「長崎西洋館」といい、浦上車庫の屋上を利用した貸駐車場といい、長崎電軌は限られた敷地をうまく使って少しでも収益をあげようと頑張っている。これが、長年にわたって「全線 100 円」の低運賃を維持*1できる理由でもあるのだろう。

ちょうど停まっていた石橋行に乗り 、終点の石橋で下車。この路線は大浦海岸通電停の先で国道からそれると、運河に沿って走っていくのだが、「運河の脇」かと思いきや、実は線路が運河上の人工地盤上に敷かれている。終点の石橋電停も、運河の真上。うーむ (^^;

「グラバー園(第 2 ゲート)」の案内板に従って歩いていく。‥‥なんか、住宅地の細い路地なんですけど‥‥? それでも曲がり角にはやはり案内板が立っているので、間違ってはいないらしい。通りすがりの「相生地獄坂」は「体力作り坂」とも銘打たれ、登り・下りの消費熱量値が記されていた。‥‥開き直ってるなぁ (^^;

さらに路地を進んでいくと、突然大きな構造物が現れた。グラバー園第 2 ゲートへ昇るための斜行 elevator だ。‥‥おお、斜行 elevator だけに、カゴがどっちに動いているかを示す矢印も「斜め」だー (^^;

早速乗り込む。‥‥うをー。すげー。高けー。Elevator 内は冷房も効いている。どうもできてからまだ間がないのか、関係者らしき方が添乗していたり。Loop 状の展望 deck や一部の通路も絶賛仕上げ工事中。

上まで昇りきって、外へ。‥‥をー、孔子廟の辺りから港の方まで、一望ですよ!

上に登るつもりが間違って小学校の方へ行ってしまったり。‥‥どうでもいいけど、この小学校へ通う生徒は、毎日筋トレだな (^^;

元へ戻って、逆方向へ。ああ、すぐ目の前に上に上がる elevator が見えてる (^^;。てゆーか、斜面と独立して EV 塔がそびえ立ってるので、一見すると elevator に見えませんよ? (-.-;

2 つの elevator を結ぶ長さ数十 m の道は、「グラバースカイロード」と名付けられているらしい。いや、確かにすごい眺めです。つーか、高所恐怖症の人は、下を見られないだろーな。

EV 下の広場の脇には、「南山手レストハウス」が。これも由緒正しい建物のらしいのだが、無料で利用できます! 素晴らしい :-D。今回は立ち寄らないが、散策に疲れたら寄ってみるといいでしょう。疲れてなくてもどうぞ (^^;

もう一つの貫通型 elevator に乗って、さらに上へ。‥‥こっちは、蒸し風呂です‥‥。さっき、斜行 elevator のところで作業員の方が「サウナだ、サウナ。」と言っていたのは、これのことか‥‥ (-.-;

乗っていたのは大した時間じゃないはずなのに、やっとの思いで外へ。EV を降りると、すぐ目の前にグラバー園の入口(第 2 ゲート)が。

「時間がある」とは言っても、あんまりじっくり散策している時間はない。中を通り抜けるだけでは入場料がもったいないので、園外を通って天主堂方面に降りることにする。

垂直 EV を降り、南山手レストハウス前の道を進み、南山手の細くて急な路地を下っていく。大浦天主堂を左手に見つつ坂を降り、墓地にぶつかったところで左に折れると、天主堂の正面に出た。

中を見学するほどの時間はやはりないので、「雨やどり」を探しつつグラバー通りを降りていく。文明堂總本店の前を過ぎ、その先で枇杷ソフトを買い、それをなめつつ GLASS ROAD 前で一服。童話館の建物がとてもいい雰囲気。

坂を降りきった hotel の入口脇には、「国際電信発祥の地」「長崎電信創業の地」「南山手居留地跡」の碑があった。

それにしても、「雨やどり」が見つからない。「お土産やさんの一角にあって、一見するとまぎれて判らない」とは聞いていたので、沿道の店を覗き込みながらまた坂を登っていく。坂の途中、自販機の脇にひっそりと「ボウリング日本発祥の地」の碑があるのを見つけた。

うろうろしていると、「五反田さん!」と声が。かわづさんやき〜たさん御一行だった (^^)。ちょうど「これから『雨やどり』に行く」という事なので、ご一緒させていただく。

天主堂の前から、さらにグラバー園入口の方へ登る。「雨やどり」はグラバー園の入口よりもさらに上にあるという。そりゃあ見つからないわけだ (^^;

目指す「雨やどり」は「オランダ館」というお土産やさんの中にあった。お冷やをいただいたあと、手ぬぐいを購入。長崎電軌のピンズを見つけたので、すかさず購入。「びわゴーフレット」がうまそうだったので、それも思わず購入。

1530 発の〔かもめ〕に乗る予定の我々は、しばらくのんびりしていくかわづさんたちより一足先に、1445 時に出発。グラバー坂を降り、大浦天主堂下電停を過ぎ、hotel へ。預かっていただいていた荷物を受け取り、市民病院前電停から電車に乗る。

普通なら築町で乗り換えて 1 系統で駅前へ向かうのだが、せっかくなので、3 系統に乗ってみることにする。そのまま築町を通りすぎ、諏訪神社前で降り、3 系統の電車を待つ。周囲を見回していると、電停近くの交差点の向こうには、ビルのすきまに大きな鳥居が見えている。

5 系統、4 系統の電車を見送り、待つことしばし。やってきた 3 系統の赤迫行に乗り込む。雨は再びポツリポツリと降り出している。

公会堂前電停を過ぎ、右に曲がる。やがて、丘をくぐる道路と共に、軌道も tunnel へ。それを抜けると、すぐに桜町電停。さらに緩やかな坂を登っていくと、すぐに長崎駅前に着く。

あまり時間がないので、急いで歩道橋を渡り、coin locker へ。また雨は止んでいるが、空は真っ暗。とりあえず、ここから先はずっと屋根の下なので、安心だ。

荷物を引っ張り出して、改札へ‥‥向かったところで、突然「バラバラバラッ」と音が。ハッとして左を向くと、大粒の雨が降り出していた。我々が駅に駆け込むのを待ち兼ねていたかのような timing。危なかった‥‥ (-.-;

*1: 消費税の導入に当たっても値上げをしていないので、実質的には値下げをしていることにもなる。

〔かもめ 30〕号で博多へ

〔かもめ 30〕号は 1530 時の定刻に発車。一路博多を目指す。席は 2 号車 5A。肘掛けから電源を取りつつ日記を書いたり仕事をしたり。

長崎発車場面でもかなりの大雨だったのだが、佐賀県内に入ると一層雨が激しくなってきた。

車内で mail を check。‥‥なんか、いつのまにか岡松さんと長沢さんが Nakami さんに貢ぎ物を買って帰ることになってます*2(^^;。岡松さんが「博多通りもん」、長沢さんが「しろくま」かぁ‥‥。

鳥栖には 4 分延で到着。雨はまだ降り続いているものの、この辺りはそんなに強くない。

〔かもめ 30〕号は終着の博多へ向けて last spurt。‥‥土産の件に関して新たな動きが。あ、「『しろくま』は鹿児島が本場ですよ」という永田さんの突っ込みに、長沢さんが「承知しています:-)」。そうかぁ、長沢さん、鹿児島に来るんだー(爆)

〔かもめ 30〕号は 5 分遅れで博多に到着。改札へ降りていくと‥‥有人通路のところにすごい張り紙が!

「本日、SLあそボーイ号は機関車故障のため、ディーゼル機関車の牽引で運転いたします。」

‥‥うひー (-.-;。しかも、どうやら 2 日連続‥‥。

張り紙を見た塩兄ちゃんが「これは(全額)払い戻しの対象になるんですかね」と訊いてきたが、列車が運転される以上、それはあり得ない*3。「でも、『SL 列車』が SL じゃないなんて、詐欺じゃないですか」と言うが、いくら時刻表に牽引機が書いてあるからといって「SL での牽引」は運送契約上の条件には当たらず、そもそも「列車」はそれそのものを目的とした遊戯施設とは性格が異なる*4。いや、塩兄ちゃんが言いたいことは解るし、尤だとも思うのだが、制度上はそういうこと。それに、無条件で払い戻すくらいなら、JR 九州も最初からウヤにしてるだろう。その場合、本来それで移動するはずだった人たちの足をどうするかという問題があるけど*5

改札を抜けて、一旦 hotel へ向かう。今日の宿は、昨年もお世話になった「八百治博多ホテル」。雨はそれなりに降っているが、hotel まで歩いて 5 分くらいなので、傘を差すかどうか微妙な感じ。

ようやく hotel に着き、check in を済ませる。そして、また荷物を背負って部屋へ。前回泊まった single room は 3 階の東向きで、「眺望: 駐車場の壁」という部屋だったが、今回の twin room は 8 階の南向きで、街中だけにあまりいい眺めとは言えないが、街を見渡すことができる。

*2: 前出の Nakami さんの mail に対して「吉宗で喰い終り。Nakami さんを刺激しないように食後に表明してみた」と岡松さんが mail を投げ、それに Nakami さんが「師匠に対してこしゃくなっ! 破門ですっ」と返したところ、「みんなちゃれんじゃあだなぁ」とちゃちゃが。で、「そうだそうだぁ! 今度会ったら覚えとけぇ!!(-"-) あ、お詫びの品は『しろくま』か『博多通りもん』ね:-)」という mail に、岡松さんがさっさと「博多通りもん」を取り、残った長沢さんが「しろくま」を買って帰るという成り行きに。ちなみに、なぜ「破門」かというと、岡松さんが一昨年の「東京直行」に引き続いて昨年の長崎では「飛行機乗り遅れ」「入場待ちの時の大雨で携帯が水没して故障、翌日市内で機種変更」という大ネタを繰り出したのに対し、「平素のネタ度では Nakami さんの方が上だよねー。天然だし。ていうか、ねたベンダー?」というわけで、Nakami さんが周囲から「師匠」と認定を受けたことによっていたりする (^^;。しかし、「師匠じゃないですぅ ;_;」と言っていたご本人が「破門」とか言い出すし。しかも、それが元でいつのまにか結構な騒ぎに。現地に行っていなくてもこんな大ネタを発生させるとは、さすが師匠 ;-p

*3: 払い戻しは「任意の旅行中止」に当たるので、払い戻す場合は手数料が必要となる他、申し出が旅行開始後である場合、所定の取扱による。

*4: 鉄道営業法に基づく輸送機関は、あくまで「輸送」が本分であり、旅客車の設備の面で本来提供しなければならない条件を満たしている限り、制度上は問題ないことになる。

*5: おそらく、その問題も考慮して、JR 九州側は批判を受けるのを承知で運転することにしたのだろう。豊肥本線は決して列車本数の多い線区ではないし。

福岡宴会

風呂に入っている時間はないので、とりあえず簡単に着替えて、部屋を出る。ところで、この hotel は紙製の card key を使用している。今回は twin room なわけだが、card key も 2 枚渡された。複数人で部屋を利用する場合、必ずしも全員が同一行動を取るとは限らないので、これは大変有り難い :-)

塩兄ちゃんが「SmartMedia を買いたい*6」ということなので、筑紫口側にあるヨドバシヘ。Hotel の正面の路地を直進し、線路に沿って少し行ってガードをくぐるだけなので、3 分ほどで着く。便利でありがたい。

ついでに「首からかけられる携帯ストラップも買いたい」ということなので、売り場に案内する。いや、「案内」つーても、ここには今回初めて来たんだが (^^;

どうせなので、Hi8 の tape を調達。‥‥ここには、ちゃんと SONY の箱入りがあります。当初博多ではヨドバシに寄る予定がなかった*7ので梅田で調達してきたんだが、最初からここで調達することにしとけばよかったよ‥‥。

本当は 2 箱くらい買っておきたかったのだが、既に梅田で FUJI を 20 本買ってあるので、とりあえず 1 箱で勘弁しておく(← ?)。

ヨドバシの横の通りで taxi を拾って、薬院六つ角へ。‥‥なかなか進みませんなぁ。さすがに車が多い。

ようやく半分くらい来たと思われる辺りで、こちらも手持ち無沙汰となってきた運転手さんから「車が多くて困りますねぇ (^^;」と話しかけられる。それから到着まで、先日の洪水やら前回の洪水やらをネタに、なぜか話が盛り上がる。どういうわけか「地元の事情にある程度通じた客」だと思われたらしく、かなり具体的な地名がいくつも出てきたのだが、半分くらいは全くピンと来ませんでした (__;。「この間は hotel から「空港へ行きたい」というお客さんを乗せたんですけど、下はもうどこも、水没してるか、そうでなければ動かないしで、しょうがないんで『乗っていいですか』って断って、料金払ってもらって、『トシコウ』で行きましたよ」と言われたときも、「トシコウ」が「都市高速」のことだと思い当たるのにしばらくかかってみたり (^^;;

ようやく到着。早速合流する。ピアニシモさんと始めまして。それにしても、AK さんのノリが明らかに変。なんかハァハァしてますが‥‥? (-.-;

いやもう、盛り上がる。とにかく盛り上がる。地鶏がうまい!:-D== ウーロン茶がうまい!(^^; 永田さんはいい感じに出来上がっている (^^;

そうこうしているうちに、突然長沢さんがおどおどし始める。いつのまにか永田さんが Nakami さんに電話していたらしいのだが、そのとき Nakami さんは仕事中で、知らない番号からだったので出なかったらしい。‥‥という mail が流れて来たのへ、長沢さんが「仕事をしている(フリをしてる)人がいるらしい」と返して、しばし。Nakami さんから「家に帰った」という mail が来たのだが‥‥その中に「電話でもメールでも受けて立つわヨン☆」(原文ママ)と書かれているのを見て、どうやら「もしかして、実は結構お怒りなのでは‥‥?」と、そこはかとない恐怖を覚えたらしい。

「そりゃあもう、電話して確認するしか」ということに‥‥なったのだが、今度は「だれが電話するか」で、騒然とする。‥‥なんか、「だれが猫に鈴を付けるか」と揉めてるように見えるんですが(← かなり他人事 (^^;)。てゆーか、なぜ岡松さんも長沢さんもそんなにビクビクしながら拒否してますか? (^^;A

「『☆』が! 『☆』がなんか怖いっす!」と叫ぶ長沢さん。それが仇となり、「その mail ってさぁ、長沢さんが書いた mail への返事だよねぇ」という周囲の無慈悲な声に、生け贄が長沢さんに決定する。「えっ? え?! ワタシですか?!」と、もはや悲鳴に近い声を上げる長沢さん。ああ、目が泳いでる‥‥ (^^;;;

生暖かく見守る周囲の視線に押し切られた長沢さんが、意を決して電話を取り出す。‥‥あ、正座した。なんか、遠目にも手がブルブル震えてるのが判るんですが (^^;

そして、電話が繋がる。「もっ、もしもし?!」 ‥‥裏返ってる、裏返ってる、声が (^^;;

少しの間話していたのだが、そのあいだに長沢さんの顔色が見る見る青くなっていく。電話機を持つ手も、そして声も、ブルブル震えている。なんでそんなにおびえてるんだろう (^^;。その間にも、周りは言いたい放題。「あっ、あのっ! 『しろくま』は博多駅で売ってるのでもいいでしょうか?!」と必死の形相で電話の向こうの Nakami さんに尋ねる長沢さんへ、横から永田さんが「いやー、やっぱり本場のでないと、師匠は承知しないでしょう*8」。

「えっ、いや、でも、ナンジャタウンのでもいいって、Nakami さんが*9
「いや、でもさー。その(Nakami さんの)mail にはなんにも反応しないで、永田さんの『本場は鹿児島ですよ。当然師匠には本場のを贈るんだよね?』って mail には『承知してます』って返事してたじゃん」
「そーだよそーだよ」
「そうそう、それを見て、『ああ、長沢さんも鹿児島来るんだー』って(思った)」
「やっぱ、責任は取らなあかんね〜」
「そうそう、『お詫びの品』なのに本場のを持ってかないのは、失礼だよねー」
「いや、だから僕は、先に『博多通りもん』を取ったんですよ。やっぱり、こ〜ゆ〜のは、早いもんがちですよねー」(← そういう問題かな? (^^;
「あー、岡松さんが本場のを持ってくんやから、やっぱり長沢さんも鹿児島、行かんとねぇ〜*10

勝手に盛り上がる酔っぱらい集団。長沢さん、もはや蒼白。

Panic 状態に陥った長沢さんが、放り投げるように隣の人へ電話を渡す。硬直している長沢さんを尻目に、今度は電話機をたらい回しにしながら Nakami さんと relay session。会社の移転で家探しをしている Nakami さんに、めいめい勝手なことを言ってたり。私の番になったとき、横の方で「荷造りは〜?」「まず酒の在庫を処分しないとねぇ」「いや、大丈夫。きっと、一番最初に処分してるから」と盛り上がっていた*11ので、「‥‥こんなこと言ってますが〜?」と伝えると、「よくわかりましたね、その通りです (-.-;。もう、とうの昔に。‥‥て言っても、wine 1 本だけですけど」。敢えて「『よくわかりましたね』って言ってる。『とーの昔に片付けた』らしい」とだけ伝えてみる。「やっぱり〜〜!!」と盛り上がる酔っぱらい。慌てた Nakami さんに「Wine 1 本だけですよ wine 1 本! そこ強調しといてください!!」とツッコまれたり (^^;

その後も勝手に盛り上がる。ほとんどおもちゃ状態の Nakami さん (^^;。長沢さんはその後も「鹿児島、当然行くんでしょ」攻撃を受け続け、真っ白い顔になりながら「‥‥朝一番の〔つばめ〕で行くと、何時に東京に帰れるかなぁ‥‥」と真剣に悩み出している。

散々(周囲が)盛り上がって、ついに電話機が持ち主の長沢さんへ。受け取った長沢さん、震える声で、

「もっ、もしもし! あの、旗色が悪くなったので、切ります!!!」

ぶち。‥‥あー、有無を言わさず切っちゃったよ (^^;

何事もなかったかのよーに盛り上がる一同。そのなかでただ一人、壁に向かってぶつぶつ言っている長沢さん。合掌。

しばらく盛り上がったあと、いい時間になったので、解散する。我々は永田さん・AK さんと一緒の taxi に乗る。そして、駅の方まで乗っていく 2 人より先に、hotel の前で降りる。永田さんとは鹿児島で一緒に「むじゃき」に行くことになったので、taxi 代はそのときに清算することに。

Hotel の大浴場*12は既に営業を終えていたので、部屋で shower を浴びて、寝る。おやふみ‥‥。

そういえば、一足先に帰ったピアニシモさんが Nakami さんと電話しているときにもいらしたかどうかよく覚えてないんだが、もし長沢さんのあの脅えようを見ていたとしたら、いったい Nakami さんをどんな人だと思っているんだろうか‥‥ (^^;;。あんまり長沢さんをいぢめちゃダメだよ〜 > Nakami さん

*6: 今回 digital camera を持ってきていたのだが、購入時に添付されていた 32MB が 1 枚持っているだけだったので、さすがに困ったらしい。

*7: 寄っていると、福岡宴会の開始に間に合わないことが判っていたので。結局、遅延承知で立ち寄ったわけだが。

*8: ちなみに、「しろくま」というのは、天文館にある「むじゃき」という店の(果物もたくさん入っている)巨大なかき氷。一方、Nakami さんは元々鹿児島の人。長沢さんはかねがね Nakami さん本人から「しろくま」のことを聞いていたし、私も今回の旅行の出発前に「是非食べてください」と Nakami さんから言われていた。

*9: 「ナンジャタウンのアイスクリームシティーに『むじゃき』初の支店が出るので、それでもいい」と Nakami さんが mail に書いていた。

*10: のちに、Nakami さんは語る。「もともと冗談だったのに‥‥。しかも、『どっちか』ってつもりで書いたのに、いつのまにか『両方』になってるし‥‥ T_T」。そうは言うけど、「お土産 get!(^^)v」って喜んでたじゃん (^^; > Nakami さん

*11: 「大酒のみではない」(本人談)そうだが、鹿児島育ちだけに、Nakami さんは酒に強い。もっとも、私の父親のように鹿児島で生まれ育っていても beer 1 杯で真っ赤になってしまう人間もいるので、鹿児島人が皆「枠(わく)」だというのは、誤解です。多分。

*12: この「八百治博多ホテル」、少々規模は大きいものの普通の business hotel だし、料金もこれまたごくごく普通(twin を 2 名 1 室利用で 6,100 円/人)の business hotel なんだが、一階に天然温泉を利用した大浴場(日帰り入浴施設)があり、宿泊客はそれを無料で利用できる。大変に有り難い :-D。部屋や施設の整備状態も極めてよい。駅からも近いし、すぐ並びにはコンビニ(ファミリーマート)もある。当分の間、私の博多での常宿は、ここで決まり :-)


2003/08/08 (金) 雨のち曇 <長崎行き・5 日目>

あさ

8 時頃起きてみる。昨日は taxi の運転手さんに「あー、そりゃ、無茶ですよ」と脅かされたりもしたので、塩兄ちゃんが不安になって「明日鹿児島に行くかどうか、もう一度検討が必要ですね」と昨夜言っていたのだが、私には「致命的な天候にはならない」という妙な確信があった*1ため、当初の予定通り行動開始。

まずは、昨夜行かれなかった大浴場へごー。広〜い浴槽で足を伸ばして、ゆったり。ふはー、極楽、極楽‥‥。

一旦部屋へ。着替えて 2 階に降り、朝食。ふつーにばいきんぐ。

0930 時頃、部屋を出発。Check out を済ませ、外に。しとしと雨が降っているので、taxi を捕まえる。

‥‥うーん、雨だわ、平日だわで、全然動かない。荷物さえ多くなければ、とっとと歩いていった方が、圧倒的に早いな‥‥。

かえって時間がかかってしまい、割とぎりぎりでホームへ。いよいよゾーン券に入鋏。

*1: もちろん、TV などで台風の動向を監視してはいたのだが、数日前から「鹿児島に向かう間にすれ違いそう」と感じていたこともあって、不思議に不安はなかった。

指宿へ

定刻まで残り数分、というところで慌てて車内へ入ったのだが、〔つばめ 7〕号は 3 分延で発車。

座席は食堂車を普通車改造した 4 号車の元 buffet 部分にある、1D と 2D。〔つばめ〕の編成の中でも、この車輛は普通車化されたのが「白いかもめ」の登場後だったため、新設された座席は「白い〜」仕様になっている。表面は「白い〜」の本革仕上げと違って布地だが、滑らない分、背ずりを倒した場合の座り心地は「白い〜」よりいいかもしれない*2。Seat pitch も他の車輛よりも広めなので、実にゆったり。ただし、concent はなかった。また、普通車化改造の際に網棚が設置されなかった*3のに加え、〔つばめ〕編成の他の車輛と違って荷物置き場もないので、荷物を置く場所には少々困るかもしれない。今回は 1D が一人掛け席なので(1C がない)、その横に 2 人分の荷物を積み上げた。

鳥栖も約 3 分延。遅延は回復していないが、拡大もしていない。雨は弱くなってきた。隣のホームには〔さくら・はやぶさ〕の姿が。

列車は快調に南下していく。熊本を過ぎる。雨は止んだようだ。西のほうから次第に空が明るくなってくる。ふと左の車窓を見ると‥‥うげ、空が真っ暗。まさに「こっちに台風がいます!」と主張しているかのよう。

田圃の中を走っていると、右手に突然新しい道床が現れ、複線の線路が分岐して遠ざかっていく。その線路を目で追うと、遠くのほうから高架が近づいてくる。やがて分岐していった線路が盛り土でかけ上がっていき、高架線路に合流。直後に高架が鹿児島本線と交差。それを追って左の車窓を見ると、田圃に囲まれた高架駅があった。新八代(仮称)だ。如何にも「単なる連絡特急との接続駅」といった風情。それどころか、線路は立体交差しているのに、駅は在来線の直上ではなく、南側にずれたところにあって、在来線側にホームを建設している気配はみえない。「九州新幹線はあくまで直通客のためにあるのであって、沿線への service は 2 の次だ」ということを表しているかのようだ*4。いい加減に沿線住民は「新幹線の開業で沿線が活性化される」という幻想から覚めるべきではないか。「そんなものは妄想に過ぎない」というのは、既に開業している新幹線で十分すぎるほど立証されていると思うのだが‥‥。

数分後、八代に停車。空は徐々に明るくなってきていて、西の空から薄日も差してきているのだが、逆に遅れはずるずると拡大している。八代発車場面で約 7 分延。

八代を発車すると、沿線の風速計が規制値に達したとのことで、45km/h の速度規制。確かに、風が強い。〔つばめ 7〕号は一歩一歩踏みしめるかのように川沿いの線路をゆっくり走っていく。

12 時になり、1 時間ほど前に車内で予約してあった「つばめ弁当」(1,000 円)が届けられた。価格は普通、内容はなかなか。かつて駅弁(車内販売のものを含む)と言えば「高くて、まずい」という印象が一般的だったが、最近では単価を下げるか、価格帯を変えずに内容が高級化する傾向がある*5。この弁当は高級化したものに入るだろう。なかなかよい。しかも、事前に予約しておくと、指定した時刻付近に座席まで届けてくれるのが、また嬉しい。

このあとは宿に直行する以外予定はないので、焦っても意味がない。弁当を堪能しながら泰然と構える。唯一気掛かりといえば、西鹿児島駅で合う予定のまつしたさんの動向だ。まつしたさんはまつしたさんで、「宮崎に帰らなければならないのに、日豊線が止まっていて、どうなるか判らない」という状態のようなので、いろいろ微妙。

速度規制の影響で、水俣には 17 分延。一方で、一足先に東京に帰った城田さんが、鹿児島行を心配して、九州島内の鉄道の運転状況を知らせてきてくれた。日豊本線・日南線・吉都線・肥薩線・久大本線・豊肥本線の一部または全部の区間で運転を見合わせているらしい。九州南部の、特に東側が、ボロボロといった感じ。

速度規制が解除され、ホッとしたかのように走り出す。出水到着場面で 15 分延。しかし、風は依然としてかなり強い。もっとも、雨は完全に上がっていて、時々日差しも。

西出水で運転停車し、交換。風はますます強い。阿久根を出たあと、西方で運転停車。停車中にまた雨が降り出す。やはり、台風に近づいているせいか、かなりの荒れ模様。〔つばめ 7〕号はといえば、交換列車が遅れているために遅延は拡大しつつあるが、それ以外は取り立てて問題なく運転継続中。

伊集院につくころには、また雨は止んだ。風は依然として強い。ちなみに、この時点で 30 分延。開き直って、車販から買った夏みかんシャーベットを喰いながら、まったり。

そうこうしているうちに、まつしたさんから電話が入る。あちらは予定上そろそろリーチらしい。今回は会えないかもねぇ、という事に。

西鹿児島到着直前、留置されていた変な車が目に入る。気にしなければ、なんの変哲もない 475 系の 3 輛 unit なんだが、クハがかなり変。あの窓は、どー見てもサロのものだよな‥‥。

結局、〔つばめ 7〕号は 29 分延で西鹿児島に到着。まつしたさんは「ようやく日豊線が動き出した」とのことで、すれ違いで〔きりしま〕に乗って西鹿児島を離脱。いい人でした!

到着直前の車掌の放送では、「日豊本線と指宿枕崎線は、止まっていたが、ついさっき動き出した。まだダイヤが相当乱れているので、駅の案内に注意」と言っていたのだが、少なくとも指宿枕崎線については、所定での運転になっていた。運転見合わせの間の列車はあっさりウヤにしてしまったらしい。それでも「滞留した客がいつまでも溢れて困る」ということがないのだろう。輸送密度の低い線ならではというか、何というか。

次の列車は、途中の五位野止まり。もう一本あとの山川行に乗ることにして、「しろくま」を調達に出かける。改札を出て、とりあえず駅前広場のほうに。自由通路に「むじゃき」の売店があったので、そこでミニと標準を一つづつ。ミニが 440 円、標準が 690 円。標準のほうは、敢えて「ストロベリー味」にしてみた。Nakami さんによると「駅に出店もありますが、本物に比べると、まだまだ」とのことだったのだが、これでもかなり常識はずれだよなぁ‥‥。

ホームで山川行を待つ。時折思い出したように風が強くなるが、基本的に風雨はおさまっている。それにしても、判っていたこととはいえ、前回来たときとは駅の印象が全く違う。20 年前に来たときは、駅舎が地上にあって、指宿枕崎線の列車は改札を入ってすぐ左手から発車していた*6。三角屋根の駅舎を出た右手には、引退した車輛を使った飲食店があったのを覚えている。前回来たのも真夏だったので、眩しい日差しに照らされた三角屋根の駅舎と青い空、広々とした駅前広場が、いかにも「南国の駅」という雰囲気を醸し出していたものだったが‥‥。ホームの柱のところに無造作に置かれたサボを見た塩兄ちゃんが、「これでも盗まれないのは、(いい意味での)田舎ならではですね」と感心している。確かに、上野駅では盗難が絶えないので、サボはかなり厳重に管理されていた。

1456 時、喜入からの 348D が到着。折り返し、1503 発の 1345D になる。早速乗り込んで、席を確保。〔なのはな〕仕様のキハ 200 系だ。

山川行は所定に発車。運転を再開して間がないはずなのに、乗車率は 40% 程度。車内は転換 cross seat なのだが、皆 2 席を占有して座っていて、立っている人は見られない。通勤通学時間帯でもないので、こんなもんか?

車窓を眺めながら、のんびり揺られていく。さっき買った「しろくま」は、「凍ってますので、30 分後くらいが食べ頃ですが、今日は涼しいので、もう少しあとのほうがいいかもしれません」と言われていた。降りるまでは 70 分以上ある。喰いたいのは山々なのだが、じっと我慢の子であった。

南鹿児島付近でしばらく市電と平走し、慈眼寺を過ぎると、線路はぐいぐい坂を登っていく。鹿児島市内を眼下に一望。やがて右に curve し、高台の駅に着く。その名も「坂之上」。何て解りやすい (^^;

瀬々串を出てしばし。買ってから 45 分ほど経過。いよいよ「しろくま」を喰い始める。‥‥まだ、中のほうは凍ってるなー。上の方にある果物をつつきつつ、ガリガリと氷を削って喰い進めていく。なっ、なかなか減りません‥‥。

ようやく喰い終わったときには、丸々 30 分が経過していた。これは喰いごたえがあるわー (^^;。外が涼しいので、車内にあまり冷房が効いていないのが、幸い‥‥。

程なく指宿到着。危ないところだった(爆)。で、どうせゾーン内だし、せっかくだから山川までそのまま乗っていくことにする。

1621 時、1 分ほど遅れて山川到着。運転士に確認したところ、この編成は折り返し 1631 時発の列車になるらしい。もちろん、それまでの間に発車する列車はない。荷物を降ろそうとした塩兄ちゃんを押し止めて、写真を撮りに外へ。

てなわけで、有人駅としては国内最南端の山川です! ‥‥本当なら本当の最南端である西大山(無人駅)にも行ってみたいところなのだが、この先は極端に列車本数が少ないので、ここで折り返す。ともあれ、今回の旅行では(有人駅に限れば)最西端と最南端を制覇したことに。

写真を撮りながら、発車時刻を待つ。それにしてもこのキハ 200 系、基本的にはキハ 58 系を base にしているようなのだが、見れば見るほど「〔新快速〕車輛の気動車版」というか‥‥。

そうこうしているうちに、発車時刻。1354D は定時に発車、6 分ほど走って指宿に着く。‥‥改札内にある「砂蒸し風呂」の模型が、なんか怖いよー (^^;

*2: 「白い〜」の座席の本革仕上げは、高級感があっていいのだが、背ずりを倒した際に滑りやすく、姿勢が安定しにくいのが難点。

*3: 4 号車博多方にある semi-compartment 部分には、座席の上に荷棚が設置されている。ただ、荷棚の天地寸法があまりないので、大きな荷物は table の下に置くなどする必要があるだろう。ちなみに、この semi-compartment 部分は、中央に大きめの table があるので、seat pitch はかなり広い。583 系並か? ただし、583 系と同様、背ずりは固定されており、角度は変えられない。

*4: 九州新幹線の博多〜鹿児島中央(西鹿児島)間に設置される予定の 9 つの途中駅のうち、既存駅に併設されるのは 4 駅、在来線との交差部付近に設置されるのが 3 駅(ただし在来線上にも駅が設置されるかどうかは不明。特急の車内で配布されている冊子の路線地図にも、在来線との接続駅になるような記載はない)、残り 2 駅は完全に独立した駅。

*5: もちろん、以前のままのものもある。どういった方向に走るかは、駅や業者毎にバラバラなのではなく、その地域全体で同じような傾向が見られるので、つまるところ「その地域でどの方向に競争が進んでいったか」によるのだろう。全国的に見ると、C/P 比の面で「西高東低」のような感を受けるのだが、どうか。

*6: 指宿枕崎線のホームの位置自体はあまり変わっていないようだ。

指宿

宿は海岸沿いにあるので、歩くと結構ありそう。駅舎内に観光案内所があるのだが、人影が見えないので、訊いてみることもできない。Taxi を拾ってもいいんだが、このところ taxi を使いすぎている。塩兄ちゃんは「地方だし、bus だとかえって(taxi より)高くつくんじゃないですか?」と渋っているが、それは甘いよ小林君(← だれ?)*7。宿のすぐ近くに bus 停があるはずなので、まずは bus の時刻を確認しに駅前へ。

本来なら南国 mood いっぱいのはずの駅前も、その背後の空がどんより曇りまくりなので、宇部新川と大差ない(爆)。とにかく、駅前の道を渡ったところに bus 停があるのを見つけたので、行ってみる。

‥‥うーん、地方に来るとよくあることなのだが、ここもそう。

Bus の行先が複数あるのに、運行系統図がないので、どれに乗っていいのか判りません。

しかも、運賃も全く書かれてないし。

とりあえず、56 分に「いわさきホテル」行があるなぁ。いわさきホテルそのものが目的の宿からそんなに遠くないので、JTB さんから渡された案内に載っている「山川埠頭行」と同じ様なところを通りそうな気がするんだけど。

さっきは無人だった観光案内所に女の子が発生していたので、「『摺ヵ浜』まで、bus の運賃はいくらですか?」と訊くと、「130 円です」。うむ、よし。さらに、「いわさきホテル行の bus は『摺ヵ浜』停留所を通ります?」と訊くと、「通るものと通らないものが‥‥あ、『いわさきホテル行』がですか? 通ります」。‥‥なんか、不安‥‥ (-.-;

まあ、とにかく bus に大決定。少し時間があるので、駅舎内の待合所で時間をつぶす。Show case の中には、昔の記念きっぷや時刻表が陳列されていた。なんでも、「今は懐かし国鉄時代の思い出コーナー」と題して、鹿児島市内在住の国鉄 OB から寄贈された品々を展示してあるらしいのだが‥‥眺めていた塩兄ちゃんがボソッと

「なんか、九州とは関係のないものばっかりですな。」

実際、北海道のものが圧倒的に多い。うーむ。

それはそれとして、「国鉄時代の」という部分が、目立つ font でしかも大きく、色付きで書かれている。車輛だけを見れば今のほうがいいはずなのに、それでも国鉄時代を懐かしがらざるを得ない*8ところに、今ローカル線が置かれている現状が現れていると思うのは、勘繰り過ぎだろうか。

時間が近付いてきたので、bus 停に移動する。Bus は定刻にやってきた。早速乗り込む。乗客は我々の他、数人。駅から乗ったのは、我々だけ。

車もあまりいなければ、信号もないので、Bus はすいすい走っていく。「砂むし会館前」を過ぎ、目指す宿の前を過ぎ‥‥あれ?「摺ヵ浜」はどこ? (-.-;

あれよあれよという間に、Bus は終点の「いわさきホテル」へ。‥‥念のために、運転士さんに訊いてみる。「『吟松』さんは、どちらのほうですか?」「‥‥えーと、ここをずーっと戻っていってください」。

我々が降りると、bus はさっさと今来た道を戻っていった。折り返しに乗っていけばよかったなぁ、と思っても、後の祭。「乗ったときに確認すればよかったですな」と言われてもねぇ‥‥。やっぱり、観光案内所を信用するべきではなかったか‥‥。つーか、

また JTB さんの案内に騙されました! T_T

今後はあまり信用しないことにしよう*9‥‥ (__;

神戸で買った「鹿児島・指宿」の guide book に、指宿の温泉街周辺の割と細かい地図が載っていた。それによると、この hotel への取り付け道路の途中から北へ折れ、駐車場を抜けてさらに降りていくと、海岸沿いに摺ヵ浜方面へ抜けられるらしい。一方、bus が通ってきた道路を戻っていくと、結構な迂回になってしまう。意を決して、短絡 route へ足を踏み込む。

坂をずるずる下り、駐車場の脇を抜け、坂をまた登‥‥いや、ちょっとまて。どう考えてもこっちじゃないだろう。駐車場のところから海のほうへ下れる道があるはず。いい加減荷物を背負ってうろうろするのがイヤになったので、駐車場のところまで戻って荷物を放棄、現場で塩兄ちゃんを待機させて、単独で偵察に出かける。

駐車場の中を抜けて、海のほうへ。‥‥上からは見えなかったのだが、半分薮に隠れるようにして、海へと下る砂利道が延びていた。念のためにさらに下まで降りてみる。高台の裾を回り込むと‥‥「海上ホテル」の裏手へ道が延びている。大丈夫そうだ。

戻って荷物を背負い直し、道を進む。先ほど下見に来た場所の先で、木立を挟んで道が左右に分かれている。海に近い右側の道は足場が悪そうなので、左へ‥‥おおう!

でっかい池が!

てゆーか、道自体が大きくくぼんでいて、見るからに深そうな巨大な水溜まりが!

仕方がないので、右の道へ。足場のしっかりしている部分を縫うようにして、なんとか突破。

すぐに「海上ホテル」の駐車場に出た。ここから先は舗装されているので、一安心。既に肩に食い込みつつある荷物を背負い、「海上ホテル」の敷地から道路へ。おじゃましました (^^;ゞ

*7: 区間制運賃のところでは、近距離だと均一制より安くなることが多い。東京近郊でもよく見られる現象。

*8: 地方へ行くと、国鉄時代に比べ、利益率の高い特急中心のダイヤになってしまい、普通列車やローカル線は容赦なく本数が削られて、実に利用しづらくなってしまっているところがほとんどだ。現在も、その傾向はますます加速しつつある。最近では、この指宿枕崎線の山川以南や、五能線などが、「(列車の接続が不便すぎて)行きたくても行かれない」区間になってしまっている。「ここに 1 本列車があれば‥‥」という時間帯に、すっぽりと空白があるのだ。もはや、観光客を意図的に閉め出し、安楽死を狙っているとしか思えない、というところもある(五能線はまさにそう)。

*9: 翌日行った「砂むし会館」が割と新しい施設だったことから考えると、この会館の完成を受けて、「摺ヵ浜」停留所は「砂むし会館前」に改称されたらしい。要するに、JTB が持っている情報が旧かったということ。それ以外にも、「案内地図がいい加減」なんて事は、割と日常茶飯事。

旅館 吟松

程なく、今夜の宿「旅館 吟松」に到着。やっとつきました‥‥ (__;

宿の方に出迎えられ、わらじを脱ぐ。「旅館」と銘打っているのでもっと古風な作りを想像していたのだが、近代的な構造でありながらも、随所に和風旅館のたたずまいが見られる。華美でもなく安っぽくもなく、落ち着いていながら高級感を漂わせる、hotel 風の作りと和風旅館の雰囲気がうまく溶け合った、実に balance よくまとめられた空間。いや、これはすごいです‥‥。さすがに JTB さんの担当者が「ここはもう、すごく評判のいい宿ですから!」と自信満々だったのも、頷ける。

玄関を入ると、すぐに畳の空間がある。ここで靴を脱ぎ、脇の front で check in。ちなみに、名物の砂蒸しぶろは、「台風の被害を受けて、今日は終日休み。ただ、台風が遠ざかったため、現在復旧中。明日は朝一番から通常営業になるのでは」とのこと。

この先の館内は、備付のサンダルを利用することになる。畳の空間の先には、通路や lobby に囲まれた、数 m 四方の小さな庭園風の空間が。周囲とはガラスで仕切られていて、上部は吹き抜けになっているらしい。

荷物を運んでおいてくださるそうなので、大きなものを預けると、

「では、お抹茶を差し上げますので、茶室へ御案内致します。」

‥‥きゃーーーーーーーーー!!! 聞いてないっす (@_@;;;

もちろん、お茶の嗜みなどない。緊張を隠しつつ (^^;、lobby の奥にある茶室へ。

「茶室」は閉鎖構造の和室ではなく、海に面した側に壁がなく、また客の席は座面が畳表で仕上げられた長椅子となっていた。もはや正座の習慣を持つ人はかなり減っているだろうし、そもそも正座をしたことのない諸外国からの客もいるだろう。私のように正座が苦手なものもいる*10。この心遣はありがたい。

お点前をいただきながら、軽く雑談。話題は当然のように「台風の影響」。我々がほとんど影響を受けなかったと言うと、地元の人たちも「拍子抜けした」らしいことを聞く。通常、この時期の台風は九州南部で迷走して大雨が続き、大きな被害を出すものなので、戦々恐々としていたらしい。ところが、あっさりと方向転換した挙げ句、意外に早く台風が遠ざかったので‥‥ということだそうな。

部屋へ案内していただく。5 階の端の部屋。正面には 3 つある家族風呂のうちの一つがある。家族風呂はそれぞれが別の特徴を持っており、この風呂は front に頼むと風呂に入りながらカラオケができるらしい (^^;

うおー! すごいへやだ‥‥! 10 畳+広縁。便所は shower toilet!(爆) 部屋は広々、窓からは海が一望。手入れも行き届いている。

「まずはゆっくりお風呂に入られてからお食事にされては」という勧めに従い、夕食は 19 時に設定してもらう。迎えに来ていただけるとのことなので、それまでにまずは屋上にある野天風呂を堪能することにする。

8 階まで EV で上がり、そこから階段で屋上へ。ちょっとした植え込みの脇を通って脱衣所へ。夕方になって、また風が出てきたようだ。

脱衣所から出ると、すぐに 2 人くらいが入るといっぱいになりそうな浴槽があり、その左手に大きな浴槽がある。大きな浴槽には屋根があるので、雨が降っていても大丈夫そう。左手奥には、屋根と壁がついた洗い場がある。風が強いだけに、排水溝が詰まりかかっていて、足下に水が溜まりつつあった。

身体を洗って、大きなほうの浴槽に入る。いやー、海が一望ですっ。曇っているとはいえ、薄日も差してきていて、なかなか気持ちがいい。夜明けを見ながら入ると、もっと気持いいだろうなー‥‥ :-D

せっかくなので、小さいほうの浴槽にも入ってみる。こちらには屋根がないので、晴れた日に夜空を眺めながら入ってみたいものだ。ちなみに、小さいほうの浴槽は、大きいほうに比べてややぬるめにしてあるらしい。

夕食時が近付いてきたせいか、いつのまにか野天風呂の客は私一人に。小さい浴槽に漬かっていると、宿の方が現れ、浴槽の温度を点検し、排水溝の掃除を始めた。この宿の風呂は深夜帯に閉鎖されるため、普通であればそのときに掃除などをまとめてするのだろうが、こちらではそれ以外の時間でもこまめに見て歩いているようだ。この細やかな気遣いは、さすがだ。

野天風呂を堪能して、部屋に戻る。少々時間があったので、部屋の正面の家族風呂を視察しにいく。浴槽は 2 人入るといっぱいになるくらいの大きさだが、洗い場が広々していて、隅には湿式サウナまである。家族風呂とは思えないほどの充実振りだ。

19 時を過ぎ、夕暮れが近付いてきた。今回の旅行には「MPEG4 の encoder が不得意そうな映像を採取する」という目的もあるので、三脚を据え、video camera を廻しっ放しにしておく。

程なく仲居さんが迎えに来られたので、食事場所に案内していただく。EV で 1 階に降りて、奥へ。案内されたのは間仕切りされた個室。途中、大口の団体などに提供されるのか、まるで料亭の撮影用 set のような、風情に満ちた大きな吹き抜けの空間が見える。すご過ぎです‥‥。

個室の席は、堀炬燵式になっている。腰痛持ちには本当にありがたい。真ん中にある table の中央には穴が開いていて、中を覗き込むと、何やら鍋のようなものと、その隣には壷のようなものが置かれている。

いよいよ食事開始。‥‥次から次へと料理が出てきます (^^;。おおよそ、事前に聞いていた地元の名物は、すべて味わえる。特に、さつま揚げとキビナゴの天ぷらは、目の前で揚げてくれるので、揚げたてのアツアツを味わえる。Table にあった鍋は、これを揚げるためのものだったわけ。うひょー :-D===

ちなみに、もう一つの壷のようなものは、中から温泉の湯が沸き出すようになっていた。料理の一部はここで暖めて、これもアツアツを出してくれる。卵を籠にいれて沈めて、しばしのち。をを、まさしく温泉卵です!(^^) ちなみに、焼酎の燗もこれで付けてくれるらしいですよ?!

1 時間以上かかって平らげ、部屋に引き上げる。いや〜、堪能しました :-D==。「Check out は 12 時ですから、ゆっくりされては」というお言葉に甘えて、朝食は 9 時に設定してもらう。ともかく、しばらく食休みー。

2 人とも、持ってきた仕事を片付けたり、原稿を書いたりで、なんだかんだで 23 時過ぎまで食休み (^^;。せっかくなので、もう一度風呂に行くことにする。野天風呂のほうは 23 時で終わっているので、24 時まで入れる大浴場へ。

いやぁ、時間が時間なので、だれもいません。広々ー。大浴場は 2 階にあるのだが、ここにも露天風呂があるんですな。さらに、乾式サウナもある。露天風呂は海に面していて、明るいときに入ると、これもかなり良さそう。

建物内の大浴槽にも漬かる。建物内とは言っても、すぐ外にある露天風呂との間を隔てるガラス戸はかなり広く開け放たれていて、しかも仕切り戸の下端は浴槽の水面とほとんど同じ高さなので、大浴槽に漬かっていてもかなりの解放感がある。ちなみに、大浴槽の吐出口からは飲用に適する程度に源泉を薄めた湯も出ており、柄杓も置かれているので、飲泉を楽しむこともできる。ところで、内風呂と露天風呂があると、普通は露天風呂のほうが(どうしても温度が下がって)ぬるいものだが、ここは露天のほうが湯温が高めなのが、ちょっと変わっている。ここは(砂蒸しができるくらいに)源泉の温度が高く、浴槽には温度を下げて供給しているそうなので、水との混合比が冬場に合わせてあるのだろうか。

大浴場の脱衣所には、冷水機で麦茶が振る舞われている。これは嬉しい。そういえば、野天風呂への出口のところにも置かれていたような。つくづく、細かい心遣が効いている。

そんなこんなで、風呂を堪能しまくって、部屋へ。いやー、極楽ですなぁ A(^^;

今回の旅行では、宿に泊まるのは今日が最後で、以後はすべて車中泊になる。安定して電源が取れるのも今夜が最後かもしれないので、いっそ眠ってしまいたいのを堪えて、急ぎの仕事を片付ける。その傍ら、塩兄ちゃんが何となくつけていた TV で、タモリが鉄分を発散している。へぇー、タモリって「鉄」やってん。その後、何やら drama で登場人物がハァハァしている scene があったようで、見ていた塩兄ちゃんが「えっちなのはいけないとおもいます!」と叫んでいた。

なんだかんだで、仕事が終わったのは 26 時半過ぎ。Mail を送って、とりあえず終了。うにゃー、寝るー‥‥。

*10: 昔剣道をやっていたので、元々は正座がそれほど苦手ではなかったのだが、その後自転車を常用するようになってからは脹ら脛と太股の筋肉がかなり発達してしまい、正座をすると尻が浮き上がってしまう。それに加えて、腰痛持ち。しくしく。


2003/08/09 (土) 晴っ <長崎行き・6 日目>

あさ

9 時少し前に起きる。やや寝足りないが、よく寝ました‥‥。朝日を見ながら野天風呂に入ってみようかとも思っていたのだが、そもそも起きられなんだ(爆)。次回は、仕事を持たずに来て、早く寝よう‥‥ (^^;

9 時になり、お呼びがかかったので、1 階に降りていく。昨日とは別の、海に面した個室に案内される。今日も壷を使って、今度は湯豆腐。昨夜の鉄鍋の代わりに土鍋が置かれていて、味噌汁が暖められていた。卓上では、目の前で干物が焼かれていく。「アツアツ」にこだわりが見られますな :-D。Menu も、一見質素に見えるが、何気なく豪勢。朝食に 1 杯の juice が添えられていたのだが、なんと地元で取れた人参の絞り汁だという。全くの 100% らしいのだが、まるで milk でも入っているかのようにまろやかで、すごく甘い。これは、すごいや。

お櫃のごはんをしっかり平らげ、ごちそうさま。うー、満腹じゃ。なんだかんだで、1 時間ほどかかった (^^;

砂蒸し風呂

当初は「check out 後に荷物を預かっておいてもらって‥‥」と思っていたのだが、check out は 12 時だということだし*1、1 階から海岸沿いに行かれるということなので、check out はせずに砂蒸し風呂へ向かう。

Front で、砂蒸し風呂(「砂楽」)の入場券を買う。入場券(900 円)に、宿の名前が入った towel が付いて、1,000 円ちょうど。

1 階 lobby の奥から、海岸へ。出口には外履き用の草履が置かれているので、そこでサンダルから履き替える。外へ出ると‥‥うはー、夏の日差しですなぁ (^^;

海岸沿いに歩くこと、数分。砂むし会館に到着。砂蒸し風呂の受付は 2 階。Escalator で 2 階に昇って建物に入り、受付で ticket の半券と引き替えに浴衣を受け取り、内階段で 1 階に降りる。そこから、男女別の脱衣所へ。

脱衣所で、貸し出された浴衣に着替える。通路から堤防へ出て、出口でビーチサンダルを履く。ちなみに、帰りはその通路を脇に折れて、浴室経由で脱衣所に戻るらしい。ははぁ、よく考えられている。ちなみに、砂蒸し風呂への往来は貸し出された浴衣を来ていくほか、髪の毛が砂まみれにならないよう、頭に巻く towel が必須だそう。宿で towel 付きで券を売っていたのは、このためだったのね。ついでに書いておくと、砂まみれにならないよう、下着は禁止されてます。女性もそうかは知りませんが。

やや宿のほうに戻ったところから、いよいよ海岸に降りる。砂蒸し風呂の上には藤棚のような骨組みがあり、夏の日差しを避けるため、よしずがかけられている。身体一つ分の広さが浅く掘られた場所に導かれ、頭に towel を巻いてもらって寝転び、砂をかけてもらう。‥‥うーん、仲居さんが「生き埋めにされたらこんな感じなのかなー、と思いますよ」と言っていたが、確かに結構重く、手足も動かせない。しかし、「慣れると、その重さが気持ちよくなってくるんですよ」とも言っていた通り、少し経つと、なかなか心地がいい。手足の血流がドクンドクンといっている。砂から伝わる熱も、サウナよりはずっと温度が低く、汗が絶え間なく流れていくのが判るものの、すぐのぼせてしまうほど暑くはない。ふい〜 |-)

しばらくまったりしていると、サイレンが聞こえてきた。すると、砂をかける係のおばちゃんが、

「はーい、11 時 2 分ですよー。黙祷してくださーい」

そうか、「ナガサキ」の時刻だ。指宿の隣の知覧町は、戦争末期に特攻隊基地があり、全国から集められた大勢の若者が帰還を許されない出撃をしていったところだ。「ヒロシマ・ナガサキ」や「オキナワ」とは別の形で、忘れてはならない、癒されない戦争の傷を抱えているのだろう。私も横になったまま黙祷を捧げる。

かなり堪能して、建物に戻る。通路を横に折れると、浴衣の返却所がある。浴衣を脱いで放り込み、浴室へ行く途中にある shower でざっと砂を落とす。

浴室へ。洗い場で身体を洗い、浴槽へ。かなり大きな浴槽があって、サウナもあるらしい。湯はちょっと熱目。ところで、指宿の温泉のお湯なのだが、地中に染み込んだ海水が地熱で暖められたものかと思っていたら、古代の地層に閉じ込められた水が地熱で暖められたものだそうだ。それは知りませんでした。

それにしても、浴室の床があちこちザラザラしている。風に乗った砂が直接吹き込んでくるような構造にはなっていないので、海岸から戻った人が十分に砂を落とさずに浴室に入ってくるのだろう。わざわざそのために設置してある shower をみんながたった 1〜2 分浴びるだけでこんなことにはならないはずなのに、自分がほんのちょっと手抜きをしたがために、あとから来た客が全員迷惑を被るということに、どうして考えが至らないのかねぇ‥‥。

ともあれ、さっぱりして脱衣所へ。宿の浴衣を着込み、宿へ戻る。

*1: Coupon や施設案内にはそう書いてあったはずなのだが、仲居さんがくどいくらいに何度も強調して言っていたので、そういう扱いがあるのだろう。

鹿児島へ

支度をして部屋を出て、check out。いやしかし、2 名一室 15,000 円/人とは思えない素晴らしさでした。また来よう :-D

Front で尋ねると、ほどなく bus が通過するらしい。帰りも bus で駅に向かうことにする。荷物を担いで bus 停に‥‥行こうと思ったら、女将さんが荷物の一部を bus 停まで運んでくださった。ありがとうございます m(__)m

停留所で待つことしばし。予定時刻より少し遅れて、指宿駅行の bus がやってきた。早速乗り込むと‥‥運転士に、「この bus は駅止まりなので、すぐ後ろから来る山形屋ターミナル行に乗った方が、降りてから近い*2ですよ」と勧められ、また降りる。うーむ。

そして、すぐやってきた山形屋ターミナル行に乗る。‥‥数分で駅へ。

駅舎に入ってみると、数分前に上り列車は出たばかりだった*3。40 分強の待ち時間。

駅前の商店は「よろず屋さん」らしい。ところで、「本」と大書してあるすぐ下に「製造直売店」と書かれていると、なんか違うものを連想してしまう‥‥ (-.-;

売店で買った紅いもアイスを喰いつつ待っている内に、改札開始。跨線橋を渡って 3 番ホームに移動。やや遅れてやってきた〔なのはな〕号(3376D)に乗り込む。

ウトウトしたり、ウダウダしたりしている内に、西鹿児島に到着。

*2: 駅止まりの車はそのまま折り返すので、駅舎から道を渡ったところにある停留所に発着する。一方、鹿児島方面に直通する車は、道をそのまま北に進むため、道の駅舎側に発着する。

*3: あとで調べると、先にいった駅止まりの bus が、直前の列車に接続するようになっていた。とはいえ、元々間合いが 1 分しかない上、bus 自体が遅れていたため、はなから間に合わないことが判っていて、あとから来る車に乗ることを勧めたのかもしれない。

鹿児島市内

今夜の列車は 2345 発なので、とりあえず不要な荷物を coin locker に突っ込むことにする。

改札で coin locker の場所を尋ねると、階段を降りたところにあるという。行ってみると、駅舎の 1 階部分に入っている shopping center の奥にあった。‥‥利用時間は 2230 時までですか。しかも、大きな locker がない。一旦見送り。

改札前に戻ってみると、逆方向に向かって案内板が出ている。そちらに行ってみると、JR 九州ホテルへの入口の脇に locker が。‥‥こっちは 2200 時まで。さらに短い。だめじゃん‥‥。

結局最初の場所に戻って、不要な荷物を突っ込む。やれやれ‥‥。

カゴシマシティビュー*4」の一日乗車券を買うべく、観光案内所へ。一日乗車券は 600 円で、循環観光 bus である「カゴシマシティビュー」の他、市電・市 bus も全線乗り放題。有効に活用すれば、なかなか使いでがある。

10 分強で発車時刻なので、おやつとして近くのお店(軽羮の元祖だそうな)で単品の軽羮を買い込み、停留所で待つ。「30 分間隔」というのがちょっと使いづらいので、路線 bus や市電では行きづらい城山と磯庭園には「カゴシマシティビュー」で行き、そのあとは市電を活用してまわる計画。

‥‥来ない‥‥。発車時刻を 10 分以上過ぎているのだが、全く来る気配がない。ちなみに、停留所には地元の人たちがてんこ盛り。

結局、17 分延でやってきた。車は、各地で見られる、明治・大正期の路面電車を image した車体。おされなのはいいんだが‥‥。

遅れていることもあってか、車内は立ち席も出るほど。車内が狭いので、実際の乗車人員以上に窮屈に感じる。地元の方が多く利用されていることもあって、荷物の多い観光客は、どちらかというと邪魔者だ。車内には次の停留所にちなんだ案内放送が流れているのだが、地元の人にとっては割とどうでもいい上、音量がやや小さく、一番前に座っているのに、聞き取れない。

途中で入った announce によると、故障により車両交換をした関係で、遅れが発生しているらしい。しかし、元々余裕時分の少ない運用なので、一旦遅れが発生すると、回復できる要素はほとんどない。渋滞の影響も受けるしねぇ‥‥。

渋滞を避けるように、裏通りを選んで走っていく。が、所々それが災いし、あちこちで loss が発生している。「維新ふるさと館前」周辺こそ完全に裏道だったが、その後はそれなりに通行量の多い、その割に道幅の狭い道を、しかも縫うように走っていくので、車線変更もままならない。とにかく、右左折が多すぎる。目の前が行き止まりの交差点で渋滞している上に停留所を発車直後に右折 lane に入らなければならないようなところもあって、5 分近く動けなくなってみたり。

ようやく城山に着く。が、乗ってきた車の遅延はむしろ拡大しているし、次の便がもし定時にやってくると、それを逃したら次は 40 分以上待たねばならない。急いで展望台へ向かう。

桜島が目前に拡がる展望台で写真を撮る。夏場であるせいか、周囲から樹の枝が伸びてきていて解放感にはややかけるが、眺めはいい。

気付くと、永田さんから「天文館に着いた」と mail が。電話で連絡を取り、のちほど天文館に接近したら電話を入れることにする。

急いで停留所に戻る。‥‥当然のように、次の便は来ない‥‥。本来なら「西郷洞窟」まで歩いて降りて、そこから bus に乗りたかったのだが、次の車がいつ来るか判らないので、それもできない。

結局、15 分以上 bus 停で待ち惚け。ようやくやってきた次の便に乗り込む。要するに、もう一方の車も 15 分くらい遅れてるのね‥‥ (-.-;。それならいっそ、もう 15 分遅らせて、所定にしてくれればいいのに‥‥。

磯庭園で下車。指宿の宿の女将さんが「磯庭園は今一番いい時期なので、是非ご覧下さい」と仰っていたのだが、bus の待ち時間だけで既に 30 分以上無駄にしている。ここで中に入ってしまうと永田さんを 30 分お待たせしてしまうことになるし、そもそも 30 分ではゆっくり園内を見てまわることはできないので、今回は見送り。逆に、定期観光 bus などではあまりじっくり見ることがないのではないかと思われる、磯庭園周辺の建物や碑を見てまわることにする。

磯庭園の隣にある尚古集成館も外から見学。そして、線路沿いに鹿児島駅方向へ。日豊線の防波堤越しには、青空を背景に桜島の雄大な姿が。

手前の日豊線には、九州標準色を身に纏った国鉄型の気動車や急行型電車が行き交う。キハ 58 + 28 や 475 系が多い。山陰地区亡きあとは、最後の国鉄急行型の牙城となるのだろうか‥‥。

ファミレス風の豚カツ屋の片隅には、鹿児島紡績所跡の標識と案内板、それに石碑が立っていた。日本で最初の紡績工場だったらしい。江戸時代末期、島津斉彬候の元でいち早く西洋の工業技術を導入して近代化を図った薩摩藩には、尚古集成館周辺を中心に、こういった史跡が多い。

造船所跡の碑や解説板を見つつ、路地へ入る。細い路地の奥に、異人館があった。紡績所の技術指導のため招かれたイギリス人技師の居所として建てられた異人館は、洋風でありつつも微妙に日本風の雰囲気が同居していて、非常に趣きのある、立派な建物だ。入場は無料、開館時間は 0900〜1700 時、休館日は毎週木曜と年末年始の 12/29〜1/4。今回は時間の都合上外から眺めるだけにとどめるが、次回は中に入ってみたい。万一 bus が来ると困るので、道路の方を気にしながら外観を見学。

再び来た道を戻る。道路を気にしながら、磯庭園前へ。途中で磯海水浴場の方を見遣ると、台風一過の土曜とあって、結構な人出だった。

磯庭園前で bus を待つ。もう夕方なのだが日差しはますます強く、辺りの木陰には bus を待っていると思しき人がちらほら。皆一様にじりじりしながら待っている。

待つこと約 15 分。定刻より 14 分遅れで、ようやく bus がやってきた。これだけ時間があれば、異人館の中も見てまわれたのだが‥‥。

Bus の中はかなり混み合っていた。ほとんどは地元の方。席はすべて埋まっていて、立っている人が既にいたので、車輛後部の立ち席へ向かう。車輛が小さいので、通路を通り抜けるにも一苦労。

とにかく、bus は細い道を抜けて、祇園之洲公園を過ぎ、日豊線沿いに走る。やがて、左手には鹿児島駅のホームが見えてきた。構内は広いが、それだけに一層閑散としている。

左に折れて鹿児島線の線路を渡る。そこは鹿児島駅前の広場で、市電の立派な電停もある。が、bus はその真ん前を素通りし、そのまま海の方へフラフラと走っていってしまう。そして、かごしま水族館前(桜島桟橋)で停車。ここまで来てしまうと、市電の電停まで遠い。どうせ駅前を通るのだから、その近くで停まってくれれば、遅い bus から市電に逃げることもできるのだが‥‥。

渋滞に巻き込まれつつ、ようやく次の天文館で下車。「カゴシマシティビュー」は微妙に使えない、ということがよく解りました。せめて 20 分間隔にして欲しい。単に観光客だけが乗っているのではなく、地元の足でもあるのだから。てゆーか、むしろ観光には非常に使いにくい。

永田さんに連絡を取って、落ち合う。お待たせしましたー m(__)m

というわけで、何はともあれ、むじゃきへ。‥‥ををー、すげーでっかな飲食ビルだ (^^;。すべての floor でしろくまを堪能できますか! それにしても、floor 毎に別の傾向の食べ物屋らしいのだが、2 階だけは何も案内がないのは、なぜだろう?

一回の売店横には巨大なしろくまが! ‥‥看板なので、もちろん本物ではありませんが (^^;。そして、入口を挟んだ反対側には、ぬいぐるみの白熊が! ‥‥ぷーさんではありませんよ? ちうい。ちなみに、なぜ「しろくま」かというと、初期のものは氷の上にちりばめた果物類を真上から見下ろすと熊の顔に見えたから、なんだそうな。今でも復刻版を期間・数量限定で出してくれるらしい。

早速突入して、しろくまを所望。ジャンボなるものもあったが、店員さんに訊いたところ、死亡は確実だったので、のーまるで攻める。永田さんと私は練乳を、塩兄ちゃんは抹茶を。ちなみに、「しろくま」の share は、1 杯当り 2 人までらしい。

‥‥なんか、すっげー大きさなんですけど。器は直径が 20cm ほど、深さが 10cmほど。そして、器の縁から高さ 10cm ほどのかき氷の山が! つまり、直径 20cm ほどの球形のかき氷。氷の上には、これでもかとばかりに果物が!

とにかく喰う。ひたすら喰う。固めてないし、氷のきめが細かいせいか全体がしっとりしていて崩れないので、駅売りの cup ものより圧倒的に喰いやすいのだが、それでも時間がかかる。永田さんは「寒くなってきた」と、途中で down。

一足先に「しろくま」が運ばれてきていた塩兄ちゃんが、手持ちぶさたになって「廻りをうろついてきます」。残った我々は、このあとの行動を決定すべく、調べもの。その間にも、私は「しろくま」を喰い続ける (^^;

観光してだいぶん汗もかいたし、私も喰い終わってからだんだん寒くなってきたので (^^;、まずは風呂に行くことにする。ここまで車で来ていた永田さんが車で動いてくださるということなので m(__)m、敢えて駅付近に拘らず、市内全域を target に調べる。一旦はとある hotel の展望風呂に決まりかけたのだが、guide book にも載っている 1 件の銭湯がなかなか気になったので、そこに行ってみることに。ついでに、晩飯も当たりを付ける。きびなごとさつま揚げは堪能したし、とんしゃぶが気になっていたので、これも guide book に載っていたとある店に行ってみることにする。

店を出る。‥‥あ〜、あったかい (^^;。「しろくま」は、あまり冷房の効いたところで喰うと危険です!

財布の中が心もとなくなってきたので、駐車場に行く途中でみずほ銀行へ‥‥ぎゃーーー!! なんで営業してませんか?! 繁華街のど真ん中にある支店なのに‥‥しくしくしく ;_;。しかも、その向かいにある三井住友は元気に営業中。念のために引き出し操作をしてみるが、「提携時間外」で跳ねられる。うぅ。とりあえず、三井住友で資金を無事調達してホクホク顔の塩兄ちゃんから 1 万円ほど緊急融資。すまぬ‥‥ (__;

車を出して、西駅に一旦立ち寄り、荷物を回収。そして、一路風呂へ。‥‥ありました!「太陽ヘルスセンター」。市内には温泉を引いた銭湯が結構あるらしい*5のだが、その中でもここだけが guide book に載っているのは、その充実した管内設備故だそうだが‥‥。ちなみに、駅方向から行くと道の右側にあり、さらに駐車場は建物がある block の手前の路地を右に入った裏手のコインパーキングなので、入るのに少し工夫が必要かも。

なんとか車を止めて、矢印にしたがって進む。完全に裏口ですな (^^;。ともあれ、2 階に上がって、中へ。入ってすぐの休憩所にある券売機で入浴券を買う。330 円。Towel や bath towel、髭反りなどが set になった package もあるのだが、結構高い*6ので、towel は持っていったほうがいいでしょう。

番台に券を置き、脱衣所へ。服を脱いで、浴室へ‥‥。

‥‥すごいよ! すごすぎます。330 円でこの充実振りには、正直驚いた。湯温はやや低めで、じっくり浸かれます。いい! 実にいい。素晴らしいと言えよう。サウナも乾式・湿式ともあり。うひゃー :-D

じっくり堪能。いやー、さっぱりしました! 休憩所でしばしまったり。1 階にはスーパーの他 coin laundry があるので、洗濯すら可能。西駅の西口から歩くと 15 分ほどかかるらしいですが、4 時から 26 時まで営業している上、1 階は 24 時間営業なので、夜行に乗る前や降りたあとなどに、洗濯しながら風呂で汗を流して、スーパーで夜食を買うという mission が 1 個所で完了してしまう。これは素晴らしい! 次回から是非活用しよう :-D。新幹線の開業までに何度鹿児島に来られるか判らないけど‥‥。

Guide book で選んだ店に永田さんが電話で予約を入れてくださったので m(__)m、しばらくまったりした後、とんしゃぶに向かう。向かった先は、「JA フードプラザ」内にある「華蓮*7」。近くの tower parking に車を預け、店へ‥‥なんか、結構高級そうなんですが‥‥ (^^;;;

さて、なんにしようか、と menu を見る。店構えに比べて、結構 reasonable なお値段。店の作りは高級感があるが、雰囲気はそれに比べると casual。しゃぶしゃぶにすることは決まっていたのだが、来てみると「黒豚しゃぶしゃぶ」の他に「黒豚+黒牛」もある。せっかくだからと、「特選鹿児島黒牛・鹿児島黒豚・味わいしゃぶしゃぶ」(4,500 円)を人数分注文。さらに、「きびなごの南蛮漬け」(500 円)を 1 つ頼む。‥‥腹が減っていたので、出てくるのを待つ間に近くの table から漂ってきた焼肉の匂いに、全員「いいなぁ‥‥ :-O==」とうらやんでみたり (^^;

運ばれてきたのを待ちきれないように、早速しゃぶる。‥‥うまいっ! うま過ぎです(今回こればっか (^^;)。見た目よりさっぱりした豚肉の三枚肉に、とろけるような牛肉。みんな無口になって喰いまくる。

かなり瞬殺風味で喰い尽くす。せっかくだから、地鶏も‥‥と、「さつま若しゃもカツ」(1,200 円)を 1 つ追加。しゃぶしゃぶのあとだから‥‥と不安がる向きもあったのだが、出てきてみると、肉にしっかりした味があって、まさに瞬殺。

飲み物を含めて、1 人あたり 6 千円未満で堪能。ぬはー :-D

西駅前で降ろしていただき、再開を期して永田さんと別れる。ありがとうございました m(__)m

駅に着いたのは 22 時少し過ぎ。駅の 1 階にある shopping center は見事に閉まっている。これでは営業時間が 2230 時までとされていた coin locker にも access できないではないか。要注意!

とりあえず改札前へ。待合室もあるようなのだが、新幹線工事の影響か、事実上ないも同然。実際、改札前には列車の発車を待つ大勢の人が。どこの駅もそうなのだが、駅の改築をすると、まず間違いなく待合所が縮小されたり廃止されたりする。特に、最近の新幹線の開業に伴う(またはそれを前提とした)ものや立体交差化による改築では、駅の面積自体がかなり縮小されることが多いので、なおさら。その結果として、旅客は空調はおろか椅子すらロクにない駅通路に放り出されることになる。これはどうにかならないのか?

土産の調達をどうしようかと思っていたのだが、改札正面にある Kiosk が元気に開いていた。これは有り難い。この売店、2330 時付近までは営業しているらしい。〔ドリームつばめ〕号の改札が始まるまでは、少なくとも開いていた。

無事に土産も調達したし、時間はまだまだあり余っているので、構内の coin locker を見に行く。‥‥「2200 時まで」とされていた西口通路内の coin locker は、23 時を過ぎても access 可能だった。実際に荷物の出し入れが可能かどうかは別の問題だけど。さらに、改札を出て右、東口出口への通路の左側にも locker があった。ちょうど「むじゃき」の売店の裏。売り場のおばさんやらのぼりやらで、後ろに locker があるのに気付かなかったよ‥‥ (-.-;。結局のところ、改札から最も近い locker は、ここらしい。

下りの最終〔つばめ〕(27 号)は遅れているらしい。しかし、〔ドリームつばめ〕は所定とのこと。鹿児島市内はすっかり風も止んでいい天気だが、山間部ではまだ台風の影響が残っているのだろうか?

発車まで 20 分となり、改札開始。昼行の〔つばめ〕は 5 番発着だが、〔ドリームつばめ〕は 3 番発。ホームへ移動し、乗り込む。4 号車を狙ったら box 部しか空いていなかったので、今回は 3 号車。車輛中央部の荷物置き場に大きな荷物を置き、席に落ち着く。この車は〔つばめ〕本来の座席。「白い〜」仕様に比べるとやはり座り心地も今一つだし窮屈だが、荷棚の他に大型荷物置き場があるのは、ありがたい。

ふと外を見ると、あのみょーなクハを連結した列車が停まっていた。発車までまだ 15 分ほどあるので、飲み物を買いがてら見に行く。

クハ 455600 と付番された車輛を間近から見ると‥‥やっぱり、どう見ても種車はサロだな。車内は座席と車掌室の仕切りがすべて撤去され、中央部に cross seat の box が左右 2 つずつ、その前後には long seat が設置されていた。一般的な近郊化改造と違い、左右の box の位置が offset している。車端部分は、便所側は種車のままで、扉の幅も狭い。運転室はその逆側を改造して取り付けてあり、扉も一般のクハと同じ幅。模型の切り継ぎ加工に適した車だ (^^;

その編成が回送で引き上げたあと、飲み物を買って席に戻り、発車を待つ。

〔ドリームつばめ〕は、定時に発車。博多着はかなり早めなので、とっとと寝ることにする。おやすみ‥‥。

*4: 最近観光地に増えてきた、循環型の路線 bus。西駅発基準で 0930〜1700 時(夏期は 0900〜1730 時)の間、30 分間隔で運行。一周 55 分(所定)、運賃は 180 円/回。

*5: 泉質がまちまちなのがおもしろい。参考 link → 1 2 3 4 5

*6: 千円以上する。ちなみに、そのうち 600 円は bath towel 代らしい。1 階がスーパーなので、towel だけそこで買ってもいいかも。せっけんや歯ブラシは番台で買っても 40〜50 円。

*7: 公共交通利用の場合は、市電/市 bus「高見馬場」停留所下車。


2003/08/10 (日) 晴ときどき薄曇 <長崎行き・7 日目>

あさ

ぐーすか寝ているうちに、〔ドリームつばめ〕は定刻の 0546 時に博多へ。もう空はすっかり明るい。

このあとは宿には泊らない。明日の朝また博多に戻ってくるので、まずは当面不要な荷物を coin locker に突っ込むため、改札を出て自由通路へ。

弁当の売店の裏手にある locker に荷物を入れ、再び構内へ。このあと〔ゆふいんの森 1〕号に乗るまでかなり時間があるし、構内に待合所もないので、当初の予定通り時間調整に出かける。

0717 発の普通列車で門司港へ。車輛は 813 系、3 扉・転換 cross seat の車。西日本や九州の管内は大都市圏であっても他の交通機関との競争が激しい*1ので、「いかに詰め込むか」ということを最優先している東日本とは根本的に車輛設計の思想が異なる。羨ましい。

門司では下り〔富士〕号と行き違う。あちらは長時間停車中のせいか、妙にまったりした雰囲気が。

門司港に到着。とりあえずホームに荷物を置いたままだっしゅで駅前広場へ。駅舎内は昔の佇まい*2がよく残されており、樹の香りが漂っている。

駅舎の写真を撮ってまた駆け戻り、荷物を回収して急いで列車に乗り込む。今度はじっくり見て歩きたいなぁ。関門人道 tunnel も歩いてみたいし、「九州鉄道記念館」もできたそうだし*3

乗りこんだ〔きらめき 3〕号は「ハイパーサルーン」車。この車、従来は車端部にあった deck を車輛の中央に置き、車内の空間を細かく区切ることによって多様な旅客 service を提供できるようにする test case として、従来車とは異なる概念によって設計された車輛だが、座席や荷棚などの内装は 485 系のものをほぼ引き継いでいる。いわば JR 九州が作った車輛で最も「国鉄」が色濃く出ているわけだが‥‥座席にストンと座ってみて驚いた。‥‥すっげーしっくりきます‥‥ (-o-)。ここしばらく純然たる「国鉄型座席*4」には座っていなかったのだが、改めてその出来のよさを見せ付けられてみたり。

うだうだしているうちに、博多に到着。再びホームに降り立つ。

〔ゆふいんの森 1〕号の発時まではあと 40 分強ある。その時間を利用して、ここらで腹拵えを。ホームにあるラーメン屋が活動を開始していたので覗いてみたところ、営業は 9 時からだという。まだ少し間があるので、そのまま開店を待つ塩兄ちゃんに荷物を託し、銀行を探しに出かける。

駅員にみずほ銀行の位置を尋ねると、博多口の真正面、駅前広場の対岸にあるという。せっかくだからと、地下道を初めて潜り、対岸へ。‥‥をを、ありました! 到着したのはちょうど 9 時で、端末も動いている。というわけで、無事に資金調達完了 :-D。 帰りは地上を通って改札に戻り、再びホームへ。ラーメン屋は営業を開始している。既に喰い始めている塩兄ちゃんの隣でラーメンの上がりを待つ。

‥‥やっぱり茹で時間がややかかるねぇ。出てきたラーメンを慌ててかきこみ、発車 2 分前に乗り込む。やれやれ。

*1: 首都圏では、鉄道の敷設に当たって「鉄道事業の収益性を確保し、経営を安定させることによって鉄道事業を育成する」という目的で、事業者に免許を与える段階で徹底的に需給調整を行なったため、(需要が極端に多いと見込まれた京浜間を除いて)原則的に競争が成立しないようになっている(東京〜小田原間も、利便性や時間と運賃との二者択一だ)。一方、その他の地域、特に京阪神地域では、むしろ自由な競争によって鉄道事業の活性化を図ったこともあって、状況が全く異なる。

*2: 門司港は九州における鉄道発祥の地。九州鉄道が 1891(明治 24)年 4 月 1 日に高瀬(玉名)駅まで鉄道を敷設した際の起点で、当時はここが「門司」駅であった。現在の門司港駅舎は鉄道院の設計によるもので、門司港周辺の発展や関門連絡船との接続改善などが理由となって駅を 150m ほど移転するのに伴い、1914(大正 3)年 2 月 1 日に営業を開始(関門連絡船は 1901(明治 24)年に運行開始、その 6 年後の 1907(明治 30)年 7 月 1 日に鉄道国有化法によって九州鉄道は国有化)。長らく九州の玄関口としてまさに「九州の顔」であった。その後、1942(昭和 17)年 11 月 15 日の関門海底 tunnel 開通によって門司駅に「門司」の駅名を譲り、「門司港」と改称。今日に至るまで駅舎としての機能を失わず、九州最古の現役木造駅舎として現在に至る。国鉄が分割民営化され、駅舎が JR 九州に移管されたためもあってか、1988(昭和 63)年 12 月、鉄道の駅舎として初めて国の重要無形文化財に指定。現在は周辺地域の活性化を図る「門司港レトロ事業」の中心的存在となっている。ちなみに、明治 24 年の開業時に門司駅には鉄道の起点を示す「0 哩標」が置かれていたが、駅が現在の場所に移転する際に撤去された。現在構内にある「0 哩標」は、1972(昭和 47)年 10 月 14 日に鉄道開業 100 周年を記念して国鉄九州総局が建立したもの。関連 link → 1 2 3 4 5 6 7

*3: 後日譚: 私が門司港駅を訪れる前日の 8/9 に開館したらしいが、車内が見学可能になっている展示車輛から部品を取り去って盗む馬鹿が早速現れたため、急遽車内の見学を中止して再整備を行ない、23 日からようやく車内見学を再開したらしい。盗んだ部品を auction などで売るつもりかもしれないが、恥を知れ、恥を。文化財に対する認識が低すぎる。以前に「碓氷峠鉄道文化むら」でも同様の犯罪が相次いだ前例もあり、「文化むら」で悲惨な姿になった展示車輛を見る度に、暗澹たる気分になる。これだから「日本は、経済では一流かも知れないが、文化的には三流だ」という評価を外国から受けるのだ。

*4: 正確に言えば、その改良型。

博多→大分

〔ゆふいんの森 1〕号は所定の 0930 時に発車。使用車輛は「新ゆふいんの森」と呼ばれるキハ 72 系 4 連。昨年乗った 4 号に使用されているキハ 65 系改造の「ゆふいんの森 I 世」(キハ 70 系)とは異なり、キハ 200 系を基本とした完全新製車で、deck 部の渡り廊下が大きな特徴。車内はかなり綺麗で、木材をふんだんに使った内装が落ち着いた雰囲気を醸し出している。ただし、キハ 70 系の deck 付近にあるような荷物置き場がないので、大きな荷物を持っていると置き場に苦労する。

座席は 1 号車 1 番 B・C。High-decker 車である上、運転席と客席を隔てるのは大きな窓ガラスなので、全面展望があるのだが、キハ 70 系と同様、前方の視界はかなり微妙。ちょうど目線の高さに太い bar があるんだよね‥‥。車体の基本設計がキハ 70 系と同じなんだろうか。

博多を出発してまもなく、客室乗務員が mic を持って現れ、客室前部に立って案内放送を行なう。大型荷物置き場がなかったし、最も前の席なので、足下に荷物を積んであったのだが、mic の端子がそこにあり、ガサゴソする羽目に。1 号車 1 番 B 席に座る人は、mic 端子を荷物で塞がないように注意しましょう*5 (^^;

列車は快調に鹿児島本線を南下していく。鳥栖を過ぎ、久留米からいよいよ久大本線に。きょうはいい天気だが、先日まで降り続いた雨のせいか、沿線の緑がまぶしい。

乗り心地はさすがに昨年のキハ 70 系よりは良好。キハ 70 系も renewal したらしいが、くたびれの隠せない下回りには手を入れたんだろうか。

昼前には終着の由布院に着いてしまうが、その先はすぐ普通列車に乗り継いで大分に向かってしまう。途中で腹が減るのは確実なので、3 号車のカフェテリアへ出向いて「ゆふいんの森弁当」(1,200 円)を確保。

〔ゆふいんの森 1〕号は定刻の 1133 時、1 番線に到着。接続の 4855D は 3 番線。跨線橋を渡って隣のホームへ移動する。

2 番線には〔トロQ列車〕(9873D)が停まっていた。大分方のキハ 58 と由布院方のキハ 65 とで、中間にトラを改造した車輛を 3 両挟み込んでいる。車体は全体が「ゆふいんの森」よりも深い緑色で塗られていて、なかなか美しい。キハ 58 はフリーストップ式の reclining seat に換装、キハ 65 は固定 cross seat だが、モケットと cushion は交換されている。ところで、中間のトロッコ車、定員が設定されていて席番も振られているのだが、依然として「トラ*6」を名乗っている。この辺、法的にはどーなんでしょーね?

キハ 200 系の 4855D も定時に発車。乗車時間が 55 分しかないので、さっさと弁当を喰い出す。‥‥やっぱり「ゆふいんの森弁当」はなかなかいい。雰囲気的には「つばめ弁当」に似ているのだが、作っている業者が異なる*7ので、どちらも独自に進化したものらしい。

弁当を堪能して、あとはしばしまったり。そうこうしているうちに、列車は大分に到着。‥‥降りてから先頭車輛を見ると、車体の角に何かと衝撃した生々しい傷跡が‥‥ (-.-;

*5: 4 号車 15 番 C 席や、その他車端部の席も、おそらく同様。

*6: 「積載重量(標記重量)が 17〜19 トンの無蓋(屋根や壁のない)車」を示す、「貨車」の形式記号。参考 link は中国運輸局の pageとか。

*7: 「つばめ弁当」は博多駅の寿軒、「ゆふいんの森弁当」は久留米駅の久留米中央軒。しかし、弁当に付けられている「お品書き」の体裁や、実際に弁当に入れられている献立、弁当そのものの体裁はかなり似ているので、もしかすると JR 九州側から参画した客室乗務員が共通だったか、もしくはどちらかが(好評だった)他方を参考にしたのかもしれない。‥‥まぁ、利用者としては、旨くてそれなりに安ければ、あとはどうでもいいんだけどね (^^;

大分

さて、ここでの間合いは約 30 分。このあと乗る〔あそ 4〕号も結局座席指定を取ったので、あまり慌てる必要はないのだが、さりとてあまりうろうろする時間もない。で、今後に備えて、駅のすぐ近くにあるという温泉先頭の下見に出かける。

改札を出て、左手へ。駅前広場の北西隅から、線路に沿ったやや細い道を進む。

改札口から 2 分 30 秒程度。目指す「天然温泉あたみ」があった。これは近い! なかなか便利です。ちなみに、営業時間は 14〜23 時、定休日は毎週火曜。泉質は「炭酸水素塩泉」だそうな。もしナトリウム塩であれば、いわゆる「重曹泉」。

ついでなので、駅前広場やら駅舎やらを撮影し、改札に戻る。しかし、暑いねー。

この駅も待合所がないので、適当に改札内に入る。ところで、改札前には「挑戦者求む」という大きな手書きの貼り紙が!

改札の前から地下通路に降り、6 番ホームへ。〔あそ 4〕号は別府始発なので、しばしホームで待つ。暑い‥‥。

大分→熊本

〔あそ 4〕号は数分遅れてやってきた。ともあれ、車内へ入る。今日の〔あそ 4〕号は自由席車を一両増結した、キハ 185 系の 4 両編成。

〔あそ 4〕(74D)
1 号車キハ 185-10
キハ 186-5
キハ 185-1000 代車番失念 (__;
4 号車キハ 185-15
↓熊本

指定を取る段では、指定席の空きが禁煙車(1 号車)に 1 席、喫煙車(2 号車)に 3 席のみだったので、今回は 2 号車に席を取った。喫煙車なので戦々恐々としていたのだが、乗ってみると、たばこを吸う人はほとんど皆無。しかも、大分発車場面では着席率は 30% 程度。車輛も、予想通りキハ 186 だった。九州のキハ 185 系は 92 年に JR 四国から買い入れたものなのだが、2 号車に使用されるキハ 186 は四国時代半室グリーンのキロハ 186 だった車で、九州での使用開始時に 2 engine に改造の上キハに格下げしたもの。現在は半室指定席の喫煙車となっているのだが、料金面からも元グリーン室を自由席に廻すことはあるまいと思っていたら、それがドンピシャ。かくして、グリーン相当の設備を格安に、しかも煙にほとんど悩まされることなく満喫。こりゃええわぁー :-D

列車は川に沿ってどんどん坂を登っていく。車窓には田園風景がひろがっている。

豊後竹田を過ぎるまで、乗客数の変化はほとんどなかった。ただ、意外に区間利用客がいる。豊後萩で〔あそ 3〕号と交換。列車はぐんぐん坂を登っていき、車窓は高原風景になる。

分水嶺を過ぎると、列車は森林の中を走っていく。沢を見下ろすような場所もあり、線路がかなりの高所を走っていることを感じさせる。

波野を過ぎると、右側の車窓に阿蘇の外輪山の内側にある町並みを見下ろしつつ坂を降りていく。やがて列車は向きを変え、左の車窓に阿蘇が見えるようになる。程なく宮地に到着。側線には〔あそ BOY〕用の 50 系が停まっていた。

左に阿蘇山を見ながらしばらく走り、赤水を過ぎると、列車は再び外輪山の山中に分け入って行く。黒川の谷を見下ろしながら進み、しばらく行ったところで左側から登ってきた線路と合流し、その先で一旦停止。信号の開通を待って、合流した線路のほうに後退で下っていく。立野の switch back だ。結構普通の速度で下っていくのだが、運転士が乗り換えた気配はない。車外を通って乗り換えたのかな?

立野で結構な人が乗ってきた。一気に席が埋まる。とはいっても、8 割も埋まっていない感じ。列車は白川の谷に沿って進み、程なく熊本側の平野へ抜ける。立野で乗ってきた人たちも、途中でポツポツ降りていく。

水前寺でかなりの客が下車。空席は 5 割程度。勾配を駆け上がると、すぐに新水前寺。道路上の高架にホームが 1 本へばり付いているだけの駅だ。ホームにはでかでかと新水前寺への特急の停車を祝う看板が。なぜこんなところに‥‥と思って地図を見ると、水前寺駅は主な観光地から少し離れている上、新水前寺駅の下の道路には市電も走ってるのね。うーむ。

所定の 1552 時、熊本駅「0B 番ホーム」に到着。‥‥珍しい着番だ (^^;。改札へ移動しつつ見てみると、駅舎に接して 1 番ホームがあり、それを駅舎の左に回り込んだところで 1 番ホームが島式になっていて、1 番ホームの反対側に 0A 番ホームが、さらにそれと向かい合せで対向式ホームがあって、それが 0B 番ホームとなっていた。どうやら、もともと 1 番ホームより駅舎側に 0 番ホームがあり、それをさらに増やすに当たって、ホームの番号を振り直さずに、旧来の「0 番」を「0A 番」、増設したホームを「0B 番」としたものらしい。

熊本

ここでの間合いは 1 時間強。このあと乗る急行〔くまがわ 9〕号は 2 輛編成の上、全車自由席なので、少し早めに乗り込みたい。と考えると、実際には 1 間程度しかない。かといって、今日の夜〔ドリームにちりん〕に乗るまでに風呂に入る chance はこれが最後。というわけで、銭湯探しに出発。

予め〔あそ 4〕号の車内である程度目星は付けてあったのだが、一応確認することにする。改札を出たところに観光案内所があったので、「一番近くにある銭湯はどこですか?」と訊いてみると、何やら「銭湯 guide」のようなものを見ながら、「一番近いところが定休日だと思うので‥‥こちらがいいのでは」と、健康ランドのようなものを奨められた。一般の都市地図でその施設の場所を示されたのだが、豊肥本線で一駅戻った「平成」駅から北へ進み、東西に走る道に突き当たってからやや西に行ったところだという。平成駅から徒歩で 10 分ほどかかりそうだし、何と言ってもわざわざ豊肥本線などに乗っていては時間がいくらあっても足りない。残念ながら案内所はあてにならない‥‥。で、せっかく「銭湯マップ」なるものがあるのだから、「これはもらえないんですか?」と訊くと、「あ、どうぞ」と差し出された。それをもらって退散。


[後日へ続く]

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